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2007年12月31日 (月)

年越し堅あげ

年越し堅あげ
堅あげポテト食べながらガキの使い見てます

ガキの使い見ながら、堅あげポテト食べてます

縁起物なのでBigsizeです

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脳みそ豆腐理論

Red-White歌合戦、つまらん

早くガキの使い見たい

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メトロポリタン美術館

旅館に到着

今度は仙台です

さぁ、風呂入ろう

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Check Out

Check Out

いゃ〜、気持ちよかった

今回の部屋は貸し切りの露天風呂が近かったから便利だったし

体がふやけそうです

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from 旅館

あ゛〜

歯を磨こうと思って、洗面所にある袋を開けたらヘアブラシだった

形は似てるケド、口に突っ込むには大き過ぎるんだよなぁ

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眠い

「ズラ刑事」見てました

面白い

で、ルーさんは結局ハゲなの??

あー、ハゲとか言うとO川先生思い出す

そんな頃もあったなぁ

ただ、担任の口振りだとなかなか良い教師らしいケド

うーん

ビミョー

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2007年12月30日 (日)

雪が降っておる!

山形の温泉に来てます

明日からは仙台

現実の世界に戻るのは1月2日の予定です

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SKULL

SKULL

SKULL

newバッグを買いました

1万5000円

高っっ!

ただ、買う時は気が付かなかったんですが、なんとボードが収納可!

ちょっとテンション上がりました

通学カバンになる予定

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2007年12月29日 (土)

衣、喰、住、オーディオビジュアル

昨夜から今朝にかけて、怒涛の勢いで年賀状を書いてした

その数、90枚!

過去最多

宛名等はパソコンに書いてもらいましたが、1枚ずつコメントを入れて、朝までかかりました

秘技「今年もよろしくお願いします」onlyの攻撃をほとんど封印した結果、書き終わる頃には小島が泣いてるような時間に

Ocean Pacific Peace!

・・・小鳥です

そして、手の甲で口を拭う

そして、今日はPSPの新しい使い方を発見!

動画入れられるんですね、アレ

しかも、簡単に

という事で、入れまくったのはオーディオビジュアル!

適当に変換して、メモリースティックを一杯にしました LOL

まさかPSPがこんなに便利なツールだったとは!!

今後、活用していきます

・・・寝不足気味です

っつーか、寝不足です

今日ぐらいは許してください

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2007年12月27日 (木)

排水の陣

今日は道場の大掃除↑↑

俺の担当は排水溝です

去年もやってたような・・・

今年は“泥さらい”っていうニューアイテムも登場してて、テンション上がりました

全体的にトラブルもなく良く出来たんじゃない?

ま、俺、プロだし

そして、サッカー

重労働です

好きでやってるんですケド

それにしても、(ryは痩せ過ぎだろ

なんか、・・・痩せ過ぎだろ

サッカーやっててつくづく思うのは、

あぁ、フットボールしたい

せっかく学校が休みでも、1月5日までオフみたいで

だあ゛〜

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衝撃的!

電車の中で歯を磨いてる人がいるんだケド!!!

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2007年12月26日 (水)

正月の予定

正月の予定
届いたぜ!

jackass the game

買ったぜ!

PSP

ついでに保護ケースとかも

っつー事で今夜さっそく・・・

出来ないんです

年賀状が書き終わってないんです!

ヤバい

たぶん1日には届かないと思います

Fuck!

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【GDEX】商品発送完了しました

>■ご注文に関するお知らせ■

>本日ご注文商品を発送させて頂きました。

>以下のクロネコヤマトのお問合せサイトでお荷物の配達状況をご確認頂けます。
>-iモード:http://link.rakuten.co.jp/*/***/***/
>-au:http://link.rakuten.co.jp/*/***/***/
>-ボーダフォン:http://link.rakuten.co.jp/*/***/***/

>お荷物伝票番号: ************

>ご利用誠にありがとうございました。

>海外ゲームのGDEX

“jackass the game”が遂に届くそうです

わーい!!

PSP買いに行かないと・・・

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2007年12月24日 (月)

店の外に書いてあったあのMのマークは、たぶんSMの“M”

さんざん告知をしてきましたが、遂にやりましたよ

フードファイト!

いゃぁ、壮絶でした

最初の3個ぐらいは全然ダイジョブだったんですが、途中から「あれっ?喰えねぇ」みたいになって

テンションの下がる速度の加速度が加速度的に上がってる感じ

ワケワカラン

俺だけじゃなくて、みんなもグロッキーで「ドナルドは鬼畜」等名言が次々と生み出されました

結局、優勝したのは9個食べた“もんた氏”

俺は8個が限界でした

第二回はポテトでやろうかな、とか色々と考えています

その時は、どーぞよろしく

その後、このまま帰ったら吐く!、っていうことで池袋をブラブラ

公園ではしゃぎました

人生初のゲーセンにも挑戦してみました

とりあえず、一年の“バカ納め”は大成功でした!

以下、写真です

注文の品

水もLサイズ

セッティング完了

集合写真

残骸

あれ、アスレチックの上に誰かいる!

太久保だ

太久保サンタだ!

カラーコーンと戯れる高校2年生

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死にそうリバース

あぁ、死ぬ

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2007年12月23日 (日)

[重要なお知らせ(一部の人にとっては)]イベントの詳細が決定しました!

第一回フードファトについて詳細が決定しました

ハンバーガーについては既に手配済みです

観覧・応援等は自由となっておりますので、お気軽にお越しください

「第一回フードファイト」

開始時刻:12月24日 午後5時

場所:マクドナルド池袋西口店

参加人数:8名(うち、1名微妙)

メニュー:ハンバーガー×50、チーズバーガー×20、マックポーク×10、計80個

P.S.

あと1名、参加可能です

ご希望の方はお早めにまでご連絡下さい

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2007年12月22日 (土)

なんだか眠くなってきた

さて、そろそろ寝ようかな

・・・うはっ!

4時半過ぎてるぅ!!

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2007年12月21日 (金)

ミノレバ☆ロック

ホルモンのスコアの新しいヤツが来年の1月18日に出るらしい

買おっかな

ギターはもう弾かないケド

フードファイター、まだまだ募集中なんで

よろ

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[お知らせ]フードファイターの皆さんへ

数多くのエントリー、またはお問い合わせ、ありがとうございます(若干の誇張)

エントリーしてくれた皆さんは、明日の放課後、高2H組の教室に来てください

日時等の調整をします

“興味がある”程度の人も一応来てください

また、そこでの突然の参戦表明もオッケーです

J北生以外の人のエントリーも可能です

その場合は直接連絡下さい

エントリーはまだまだ募集中です

よろしくお願いします

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絶望ビリー

あーぁ

部活に遅れてしまう

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[イベントのお知らせ]求む!フードファイター

さぁ、皆さん

今年も残すところあとわずかになってきました

ところで、お腹空きませんか?

第一回(たぶん最後の)フードファトを開催します!

品目はハンバーガー

ルールは簡単

誰が一番ハンバーガーをたくさん食べられるかを競います

同時に食べ始めて、用意されたハンバーガーがなくなった時点で一番多く食べてた人が優勝

2位以下の人はハンバーガー代を割り勘

すなわち、優勝者はタダでハンバーガーを食べられます

ハンバーガーの個数は人数×15個

ハンバーガーはマクドナルドの物を使い、手配等は僕がやります

飲み物の持ち込み自由

予算は1500円〜

参加者が多ければ、負けた時の負担が減ります

現在、1名のエントリーがあります(Tommy Manson!を除く)

このブログを見てない人も誘って、奮ってご参加下さい

エントリーはブログへのコメント、またはメールで

参加者が集まった時点で日時や場所を決めます

よろしくお願いします

・・・マジです

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2007年12月20日 (木)

おめでた

Lily Allenに子供ができたらしい

で、相手はケミカルブラザーズのエド・シモンズ

・・・すごい年の差

ま、そーいう人だから

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スノボねぇ・・・

駿台終わりました

なんというか、色々勉強になった4日間だったと思う

刺激になったし

今月中はひたすら復習しよ

帰り道、小学校の頃の友達に会いました!

超偶然

向こうから声かけてくれて、途中まで一緒に帰りました

まぁ、俺だったら絶対気付いてないだろうな

懐かしい限り

あぁー

同窓会したい

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2007年12月19日 (水)

プッチンプリンを口に入るだけ詰め込んでみた

HMVでCDとかDVDとかを予約しました

18049円分

最近CDショップに行くのが面倒になっちゃって

まとめ買い万歳!

なんか、安くなったみたいで良かったです

以下買ったモノリスト

01.[CD]Bam Margera Presents: Viva La Bands: Vol.2 / Various

02.[CD]ブルペンキャッチャーズ ドリーム / マキシマム ザ ホルモン

03.[DVD]Debu Vs Debu / マキシマム ザ ホルモン

04.[スコア]Best / マキシマム ザ ホルモン

05.[スコア]Best Ⅱ / マキシマム ザ ホルモン

06.[CD]Fall Out Boy/Project Rocket / Fall Out Boy/Project Rocket

07.[CD]Take Over, The Breaks Over / Fall Out Boy

08.[DVD]Solid Gold Uncertainty / Fall Out Boy

09.[雑誌]Cut 2007年12月号

10.[雑誌]Cut 2008年1月号

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emotional

たった今、ものすごく“エモい”事が起こりました

泣きたい

泣いてもいいですか?

今、赤羽にいるんですが、電車が遅れてたりして・・・

色々あったんです

too 変態 to writeなので、気になる人は直接本人に聞いて下さい

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逆説的な抑止

「ダウンロード違法化」不可避に

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071218-00000051-zdn_n-sci


・・・いいんじゃない

すごく良いと思う


一部の人の日記とかでは、

「“違法”の基準が曖昧」

とか

「全部取り締まれるわけがない」

とか

書いてあるケド、それはちょっとピントがズレてると思う


例えば、某J北学園において、“携帯電話持ち込み禁止”っていうルールは一種のシンボルであって、先生サイドも、コレを取り締まろう、みたいな考えはほとんどないわけ

ただ、いちおう“禁止”ってなってるから、生徒もある程度考えて使うだろし、だから、おこりうる様々な問題を事前に抑止できる

そんな感じ

“禁止”ってなってたら少しは慎重に使うでしょ

まぁ、このネタについては、いざという時の責任問題とか他にも色々あるんだけどね


ネット上の違法コピーについても同じようなことで、その摘発とかが目的じゃなくて、言葉悪いケド脅しみたいな効果を期待してるんだと思う

“違法”って書いてあるだけで、関わりたくないって思う人も結構いるハズ

そーいうのが目的なんじゃないのかな


それ以前に違法コピーの音楽とか映画とかを持ってて恥ずかしくないのかな

「はーい、僕、お金持ってないでーす!

ものの価値が分からないから、コピーでも大丈夫でーす!」

って言ってるようなモノなのになぁ・・・

たとえ他人に知られなくても、嫌な気持ちにならない人は、半分腐ってると思うよ

かなり、Fuck!だと思う


出していいのは、実力だけ!

落ちていいのは、成績だけ!

落としていいのは、AVだけ!

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2007年12月18日 (火)

俺の印象は“養命酒が飲めそう”らしい・・・

何を間違えたか、半袖Tを着てきてしまいました

いちおう上着は着ていますが、寒いっす

当たり前か

本日、駿台市ヶ谷校で小学校の如く半袖のTシャツだけではしゃぎ回るアホがおりましたら、それは俺です

ご注意下さい

帰りどうしよ

10時前になるのになぁ

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2007年12月17日 (月)

紅白戦

紅白戦
紅白戦
今日の夕食

むしろ、晩餐

メガトマトとメガたまごを重ねてみた

うん、おいしい

そういえば、メガトマトとメガたまごは紅と白を意識してるらしいですよ

写真は駿台で同じ講座を取ってる友達に撮ってもらいました

俺の携帯のカメラは、あぼーんしてるので

こないだ親と話してて「携帯のカメラが“あぼーん”してて・・・」って言ったら通じたケド、アレは一体ナゼだったのだろう

食べ終わった後に、

「まだまだ喰えるな」

って思った俺は、たぶんバカ

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リアルパートとイマジナリー

駿台、行って参りました

あぁ、塾ってこんな所なんだ、って感じで

先生は某ティバ先生と某白木先生を1:2で内分したような人でした

もうちょっと難しくても良いかな・・、と

まぁ、最初なんでこんなモンでしょう

学校の友達が同じ講座を取ってたので、寂しくて死んでしまうような事はなかったです

とりあえず、チャイムと同時に入室

ここら辺は学校に行くときと大差ないです

後になって、遅刻したら別室で自習、っていう恐ろしい事実を友達から聞かされました

明日はもっと早く来よ

まぁ、今日はずっとダラダラしてたので、しゃーないかな

まず、10時に起きて、朝飯だけ食って、また寝て、3時に起きて、昼飯食って、シャワー、塾

みたいな

明日は朝から図書館でお勉強の予定なので、もっと早く行けると思います

・・・たぶん

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こんな時どうする!?

電車の中で、

目の前に立ってる人達が

アルゴリズム体操をしておる!

どう考えても社会人な女が

アルゴリズム体操をしておる!

アルゴリズム体操をしておる!

アルゴリズム体操をしておる!

コレ、なかなかいい↑↑

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2007年12月16日 (日)

スシ食いねェ!

今日は親戚の家へ遊びに行ってました

年下のいとこ達なんですが、来年からロスin the U.S.A.へ引っ越してしまうんです

お父さんの仕事の都合で昔からアメリカで生活してた彼ら

長男の方は小5で俺と英検の級が同じ(!)だし、次男に至ってはアメリカ生まれ(!!)

2年くらい前にせっかく日本に戻って来れたのに残念です

アメリカ行っても、頑張れ!!

で、帰りに新都心に寄ってShopping!

ABCマートにてSK8用のシューズを購入

VANSです

セールだったので

ま、現役のヤツが十分使えてるので、それが死んでから吐くことにします

履くことにします

その後、Right OnでロンTを購入

基本Tシャツの俺ですが、半袖T+パーカーではやっていけなくなったので、買うことにしました

この時期に、半袖T+パーカーで街を歩いているのは頭がオカシイらしいです (by母)

それと、“drop speaker”なるものを買いました

防水加工されてる風呂で使えるスピーカーです

正月に温泉に行く時に使おうと思ってます

そして、帰ってきてからはSK8

ココ三日間はヤク中の如く、SK8をキメてました

ま、トリックはキマらないんですけどね(某先生風に)

で、そのツケが本日回ってきて来たんです

いつもの場所に到着して、一発目にキャスパーしたら・・・

ヒザが、きしむ!

“ガーガーガ ピガガガ ガガピーガー”って言ってました

最近フェイキーからのトリックばっかりヤってて、いつもと違う方の足で着地してたのが原因かと思われます

あまりの痛さに直後は立てませんでした

少し経って痛みが治まって、でもやはりまだ痛かったので、

ショービットの練習に切り替えました

完全にSK8中毒です

その後も、キャスパー→「うっ、痛ぇ!」→うずくまる→ショウビット、を繰り返してました

自分が所謂キチガイさんの領域に達した気がしました

ただ、この三日間の特訓はすごく成果が上がってて、明らかに上達したのを感じます

勉強もこんな風に上手くいけば・・・・・没

今日はこんな感じの一日

明日から駿台の冬期講習なのに、全然予習してなーいー

・・・必ず朝やります

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2007年12月15日 (土)

絵ロ本

さんざん書いたのに、一気に消えた

Fuck!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

要は、夜遅くにSK8してた、っちゅー事です

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2007年12月14日 (金)

市バス

師走!

・・・よし

友達のブログとか日記とかを見てると、“師走”っていう言葉が目立つようになってきたので使ってみたかったんです

まぁ、半分終わってしまいましまたが

ご馳走様でした

さて、無事テストも終わり、今日は本格的にSK8をしました

2時間ホド、コッテリと

しかも、制服で

やっぱり、SK8ヤるなら学ランに限ります

いつもの場所に行ったんですが、なんと同業者が!

しかも、糞上手かったし!!

花壇の縁でガンガン削ってました

なんか、感じの良さそうな人だったし

いゃー、いいモノ見せてもらいました

俺の方はキャスパーとかショウビットとかを黙々と練習

うーん、もうちょっとかな

これが出来れば、ルーティーンっぽいのもできるのに

目指せ!、フジイ“アニ”!!

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冷やし中華、終わりますた

テスト、終わりますた

いや、まぁまぁだったんじゃない?

数αもどうにか平均いったみたいだし

生物は90取りたかったな

そんな感じでした

先日の模試が返ってきました

Z会と河合の共催のヤツ

プレステージとか何とか

生物、校内1位だった LOL

と同時に校内最下位

セフィーロレディオカムバックか

偏差値は50で平均点は俺の点数でした

・・・うちの学校で生物を受けたの、俺だけでした! LOL

比較対象がいないのはつまらないです

全国順位は一応2桁だったんですが、まぁ受けてる人が少ないんで

次は順位表に名前を載せたいですね

冷蔵保存、よろしくです

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2007年12月13日 (木)

SCOP

異常行動で話題のタミフルですが、服用後の体内での行き先を知る事ができるようになったらしい

タミフルを構成する炭素原子を放射性同位体の炭素11に変えて調べるらしいんです

マウスでの実験も成功したとのこと

スゴい

大腸菌のヤツは、窒素とリンだったっけ

バクテリオファージを探せ!

残るはOだけかぁ・・・

ただ、放射性物質を服用すれば、例えば細胞の突然変異とかリスクも高まるだろうし、ヒトで試すのはまだまだだと思う

人間ガンマフィールド、みたいな

っつーか、俺が去年インフルエンザになった時、タミフル飲まなくても2日で治ったし、そんなにたいした薬じゃないような気が・・・

スイスかどこかの製薬会社がバカみたいに儲かってるだけでしょ

まぁ、そのうち流行る鳥インフルエンザちゃんには、現時点では効く薬がそれしかないみたいだから、早い時期での安全面の確認が必要ですね

それにしても、最近iPS細胞の研究が熱い

iPS細胞をもとに作られたマウスもいるらしいし

ちょっと前にES細胞が流行って、倫理面の問題で潰されたと思ったのに・・・

絶対俺が受ける大学入試に出るし

小論とか

はぁ、気が重い

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2007年12月12日 (水)

だ、誰か・・・

漢詩復習プリント②って持ってる?

できれば、ファックスして頂けないでしょうか・・・

スミマセン

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2007年12月10日 (月)

66.6%が自習

担任が、今回のテストは来年のクラス編成に大いに影響する、と何度も言う

とりあえず、数αと生物・化学は納得のいく点数を取りたい

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為せば成る

返ってきた生物のレポートの評価が[A]でした

嬉しい♪

いつかは、5℃以下で保存しないと腐ってしまう“生物のTommy Manson!”と呼ばれるような存在になりたい

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2007年12月 8日 (土)

Thank you very much.ne.jp!

“中落ち”か“半落ち”か、それが問題

おいしいマグロが食べたい

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情報の共有

舞姫の口語訳
(たぶん、PC専用)
右サイドバーの「舞姫口語訳」より閲覧できます

必要な人は使ってみて下さい


---
I'm gonna Buikikaesu you!

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2007年12月 7日 (金)

舞姫 注釈


舞姫―踊り子。舞を舞う少女
積み果てつ―積み終わった。「つ」は完了
中等室―中等の客室
熾熱灯―白熱電灯。「アーク灯」
いたづらなり―むだである
骨牌―かるた、カード、マージャン用の牌。
残れる―残っている(者)
余一人のみなれば―私一人だけなのだから。前文との倒置。
洋行―欧米に渡航、留学する
官命―公命、政府の命令
蒙(こうむ)る―受ける
セイゴン―サイゴン(現・ホーチ ミン市) ベトナム南部の中心都市。南シナ海に注ぐサイゴン川の下流西岸に位置する河港都市。ヨーロッパ航路の寄港地。
紀行文―旅の記録を綴る文章
幾千言をかなしけむ―どれほど多くの言葉を書き記したことだろうか。
もてはやされしか―賞賛・喝采(かっさい)を受けたけれど、
放言―言いたい放題に言うこと
さらぬも―そうでないものも、
尋常―普通
いかにか見けむ―どのように思ったことだろうか。
こたび―今度(帰路に就いいてること)
途に上る―(旅に)出かける
日記ものせむ―日記を書こう。
物学び―学問
ニル・アドミラリイ―冷淡、虚無的な態度。
気象―性質、気立て。
―理由、わけ。
げに―本当に 、まことに
なほ―まだ、依然として。
多かれ―(係り結びで、上の「こそ」と呼応した「多し」の已然形。逆接の表現)多いけれども
浮き世のうきふし―世間の辛く苦しいこと
頼み難き―頼り(当て)にならないこと
言ふも更なり―言うまでもない。勿論だ。
我と我が心―ほかならぬ自分自身の心
きのふの是はけふの非なる―昨日良しとしたことを今日は否定するように、考え方がすっかり変わってしまうことの漢文的表現。
誰にか見せむ―(誰に見せようか)誰にも見せようもない。 (反語表現)
縁故―理由、いわれ。
嗚呼―ああ!(感嘆の語)
ブリンジイシイ―イタリア半島南端の港。アドリア海に臨んでいる。ブリンディッジ
生面の客―初対面の乗客。
微恙―軽い病気
ことよす―かこつける、言い訳にする
―小部屋、船室。
恨み―悔恨、悲しみ。漢詩では白居易の「長恨歌」(長き恨みの歌)がある
腸日ごとに九廻す―断腸の悲しみ、惨痛の様子。
惨痛―激しい痛み
鏡に映る影、声に応ずる響きのごとく―すぐに即応する
懐旧の情―昔を偲(しの)ぶ気持ち。懐旧は懐古に同じ。
銷(しょう)す―消し去る、発散する。
ほかの恨みなりせば―もしもほかの愁い・悔恨であったならば、(仮定法)文末の「なむ(推量)」と呼応
なりなむ―きっとなることだろう彫りつけられたれば―刻み込まれているので、
さはあらじ―そんなことはあるまい。
房奴―給仕、ボーイ。
電気線の鍵―電気のスイッチ
程もあるべければ―時間もありそうなので、
いで―さあ

庭の訓
―家庭教育。庭訓(ていきん)。
受けしかひに―受けた甲斐があって、
喪ひつれど―亡くしたが、
旧藩の学館―藩の学校、藩黌(はんこう)。
予備黌―大学予備門。東京大学予科(現・東大教養学部)。
一級の首―首席、クラス一番
力になして―頼りとして
慰みけらし―慰んだであろう、安心したようだ。
学士―大学卒業時に得る称号。
またなき名誉―またとない、格別の名誉
出仕―官庁に勤務すること。
官長―上司(の官僚)
覚え殊なりしかば―信任も格別だったので、
我が名を成さむも―名誉を獲得することも (いわゆる立身出世すること)
家を興す―家運を盛り立てる
今ぞ―今(が好機)だ。
さまで―それほどまで
来(き)ぬ―やってきた。「ぬ」は完了

模糊たる
―漠然とした、ぼんやりした
功名の念―手柄をたて名誉をうる(名を上げる)という考え。
検束―みずからを引き締めること束縛。
勉強力―無理に努力する能力
立てり―立った。 「り」は完了
なんらの~ぞ―なんという~だ! 感嘆の表現
光彩―輝き
色沢―色つや
菩提樹下―次の「ウンテル・デン ・リンデン」の訳語。
幽静なる境なるべく―いかにもひっそりとした所であるらしく
大道髪のごとき―大通りがまっすぐに延びている様子の比喩
両辺なる―両側にある
隊々の士女―幾組もの男女のグループ
街に臨める窓に倚りたまふ―街路に面した宮殿に住まわれた(「窓にもたれかかる」は比喩。)
かほよき―顔かたちの美しい
巴里まねび―パリの風俗を真似た
かれもこれも―あれもこれも、どれもが
土瀝青―アスファルト
音もせで―音も立てないで
楼閣―ビル・高い建物
噴井―噴水
ブランデンブルク門―ベルリンの市門。門の上に勝利の女神像を頂く。
半天―なかぞら。大空の真ん中
凱旋塔―戦勝記念塔。普仏戦争の勝利とドイツ統一(一八七一)を記念して建てられた。
神女の像―勝利の女神像。
あまた―たくさん
目睫の間に聚まる―すぐ近くに密集している。「目睫」は眼とまつ毛。極めて近いものの喩え。
応接にいとまなき―(とても対応しきれないほど)次々に華やかな景色が現れるさま
うべなり―もっともだ、当然だ。―土地、境遇。ここでは前者の意。
遊ぶ―他の土地を訪れて学ぶ。遊歴、遊学。
あだなる―はかなく移ろいやすい、むだな、
心をば動かさじ―心を動かすまい。
我を襲ふ外物―自分を圧倒しようとする外界の事物(の印象)。すばらしい美観。
鈴索―呼び鈴・ベル
謁を通ず―身分の高い人を訪れ、面会を求めること。
東来の意―日本からやってきた趣意
手つづきだに事なく済みたらましかば―手続きさえ問題なく通過したなら。ここは「反実仮想」ではない。
故里―故国
かくは―これほど上手に。
学び得つる―学び得たのか。「つる」は疑問語の結びで、完了「つ」の連体形(係り結び)。
官事―公務
かねて―前もって
おほやけの許し―国(公式)の許可
ところの大学―現地の大学。フリードリヒ・ヴィルヘルム大学(現・ベルリン大学)。
簿冊―帳簿。ここは学籍簿。
さらぬ―そうでない(もの)
幾巻をかなしけむ―何冊のノートにしたことだろうか。数え切れない。
思ひ計る―考慮する、予期・計画する。
政治家になるべき特科―政治家になるための特別の講座
あるべうもあらず―あるはずもなく。「あるべくもあらず」の音便
これかかれか―あれかこれか
講筵―講義。
つらなる―列席する。
謝金―礼金。授業料。
包む―包み隠す。
好尚―好み。嗜好(しこう)。
~なるらむ―~なのであろう。
神童―非常に優れた知恵をもつ子ども。 天才児
所動的―受動的
当たりたればにや―当たったからであろうか。「にや(あらむ)」は推測の表現(~なのだろうか)
やうやう―だんだん
我ならぬ我―本当の自分ではない自分。偽りの自己。
攻むるに似たり―攻撃するかのようである。「似たり」は「ごとし」と同。比況の表現。
雄飛―勢いよく活躍すること。「雌伏」の対義語。
よろしからず―適当でなく。ふさわしくなく。
諳じて―暗誦して
獄を断ずる―訴えを裁く。裁決を下す。
思ふやう―思う(こと)には
なさんとやしけん―なそうとしたのではないか。「や」は疑問の係助詞。「けん(けむ)」は過去の推量、連体形。
なほ―まだしも。それでもなお。
堪ふべけれど―(やろうと思えば)可能であるけれど。「堪ふ」は負荷に堪えられる意。
瑣々たる―こまごました。些末な。
いらへ―返事。返答。
かかづらふ―こだわる。拘泥。
だに―~さえ
得たらんには―会得したときには、
紛々たる―ごたごたと入り乱れた。まぎらわしい。
破竹のごとく―(竹を割るように)物事が一気に(勢いよく、スムーズに)運ぶこと。
広言しつ― 人前で堂々と言った。「つ」は完了
よそにして―真剣でないこと。いいかげんにして、放っておく。ほったらかして。なおざりにして。
やうやく―前出「やうやう」と同じ。なかなか実現しなかったことが、待った末に実現するさま。ようよう。やっと。だんだん。次第に。
蔗を嚼む境に入る―だんだんに面白くなる。「蔗境に入る」ともいう。サトウキビをかみしめて甘みを感ずるようになるというのが原義。
器械をこそ作らんとしたりけめ―器械を作ろうとしたのであろうが。係り結び「こそ…けめ(けむの已然形)」で逆接の関係を含んで以下に続く。
面もち―顔つき
いかでか喜ぶべき―どうして喜ぶはずがあろうか。喜ぶはずがない。反語表現。
なりけり―なのであった。詠嘆の表現。
猜疑―妬(ねた)み疑う。
讒誣―無実のことで非難・中傷する。
故なくてやは―理由がないことがあろうか。(あるのだ。)「やは(あらむ)」反語表現。
かたくななり―融通が利かない。頑固。一途。
かつは嘲りかつは嫉み― 一方では嘲りまた一方では嫉み。嘲ったり嫉んだり。 「かつ~かつ~」の構文
知らねばなり―知らないからである。
故よし―いわれ。由来。
処女―乙女。未婚のうら若くおとなしい女性。きむすめ
長者―年長者や目上の人。
よくしたる―実現できた。
勉強―「強いて勉める」。
棄てて顧みぬ―放棄して気にもとめない。
自ら我が手足を縛せしのみ―自分で自分を束縛していただけなのだ。
有為の人物―将来役に立つ(前途有望の)人物。
あっぱれ―賞賛に値するさま。みごとだ。感心だ。
せきあへぬ―こらえられない。
怪し―不思議だ。
なかなかに―かえって。むしろ
さることなり―もっともなことだ
おろかならずや―愚かではないか。愚かなことだ。反語
ふびんなる―憐れむべき。困った。かわいそうな。気の毒な
―顔
赫然たる―輝いた
珈琲店―酒場、カフェ
就く―付き従う。
レエベマン―道楽者。
なければ―ないので。
やう―方法。手段。すべ。
これぞ―これ(こそ)が。「ぞ」 は強意の係助詞。「なりける」に 係る。
冤罪―無実の罪。
暫時―しばらく。わずかの間。
無量の艱難―はかりしれない苦難
閲しつくす―経験しつくす。味わい尽くす
―間接的な原因。誘因。

獣苑
―「動物公園」という大きな公園。
僑居―仮の宿・旅宿
クロステル巷―:原語では「修道院(僧院)通り」
木欄―木の手すり 、ベランダ
襦袢―肌着
―穴倉、地下室。
恍惚―心を奪われてうっとりするさま
倚る―寄りかかる
被りし巾―被っている布。スカーフの類。
なければ―ないので
写すべくもあらず―書き写すこともできない。
清らにて―気品があって美しい、華やかで美しい(ここでは「澄んだ」の意もあるか。)
目の―この「の」は同格の格助詞。「で」
宿せる―宿している
徹す―貫き通る。
―ここでは少女を示す、彼女。(この頃の言葉遣いで「彼」は性別のない三人称で使われる)
はからぬ―予期せぬ
前後を顧みるいとまなく―冷静に物事を判断する余裕もなく
泣くにや―泣くにや(あらん)。泣いているのであろうか。
憐憫の情―憐れみの心。同情。 なさけをかけること。
ところに―当地に
係累―(自由を束縛する煩わしい)妻子や親類。
外人―よそ者
黄なる面―黄色い顔。白人に対する黄色人種としての自意識を表す語。
うち守りしが―じっと見つめていたが
真率なる―偽りのない。正直で真面目な。
―顔色。表情。
見ゆ―見える。思われる。
恥なき人―恥しらず。
従はねば―従わないから
打ちき―打った。
葬らではかなはぬ―葬らないわけにはいかない。
だに―(否定語とともに)~さえ(…ない)
欷歔―すすり泣き
送り行かんに―送って行くから
な~そ―~してはいけない(軽い禁止表現)
梯(はしご)―階段
老媼―老婆
あららかに─乱暴に
悪しき相─悪い人相
額に印す─額にきざみつける。(貧苦の姿を)はっきりと見せている
獣綿─ウール地、または毛皮。
たて切りつ─閉めきった。
油灯─ランプ
漆もて─漆で
仕立物師─洋服縫製業、裁縫を業とする。
すぎぬ─亡くなった
名なるべし─名前なのであろう
慇懃に─礼儀正しく、丁重に
─台所。厨房。
臥床─ベッド
マンサルド─屋根裏部屋
─柱の上に張りわたして屋根を支える横木。
立たば─立ったならば。「未然形+ば」の形(仮定条件)。
中央なる机─中央にある机。「なる」は存在の意、「の」。
─敷物。ここではテーブル掛けを指す。
陶瓶─陶製の花瓶
似合はしからぬ価高き花束─人気高い踊り子の証(いかなる花束であるか論の多いところ)
そが傍ら─それのそば
羞を帯びて─恥らいを帯びて。きまりわるそうに。はにかんで。(含羞の表情)
潮す―きざす。恥じらう顔色をも表す。
たをやかなる―姿・形・動作がしなやかでやさしいさま。
訛る―言葉や発音がくずれる。また、標準語とは異なった言い方や発音をする。上・中流市民の正しい言葉遣いでないところがあることを指している。
なるべし―であろう。であるにちがいない。
よも~じ―まさか~しないでしょう。「けっして憎まないように。」という懇願。
知らでやおはさん―知らないでいらっしゃいましょう。ご存じないでしょう。
「ヴィクトリア」座―ウンテルデンリンデンの南方二㎞ほどにあった二流劇場
座頭―支配人。
抱へ―雇い人。
事なく―問題なく。すんなりと
憂ひ―嘆き。悲しみ。
言ひかけ―言いがかり。
還し参らせん―お返し申し上げます。謙譲語。
よし(や)~とも―たとえ~ても
媚態―こびる表情。
かくし―ふところ、ポケット。
急をしのぐ―急場を乗り越える。 とりあえず間に合わせる。
取らすべきに―取らせようから
辞別―暇乞い。別れの挨拶

悪因―悪因縁。不幸な巡り合わせ
ショオペンハウエル―同時代のドイツの厭世主義哲学者。
シルレル―ドイツの古典主義の詩人・劇作家。
ひねもす― 一日中。朝から晩まで
兀座―きちんとすわる。
名花―美しく立派な花。女優・芸妓の比喩に用いる。
咲かせてけり―咲かせたことであった。
やうやく―だんだん
繁くなりもてゆきて―頻繁になっていって
速了―早合点すること。
色を漁する―漁色・猟色。女をあさる。色事にふける。
痴蠶―無邪気なこと。たわいもないこと。 おろかなこと。
斥す―指さす。指摘する。
はばかり―遠慮。
事を好む人―何か事あれかしと願うたちの人。
さらぬだに―そうでなくてさえ。 ただでさえ。
すこぶる―相当
岐路に走る―枝道に走る。横道に逸れる。
御身(おんみ)―あなた
路用―路銀。旅費。
公の助け―国の助成。
とやかう―あれこれ
またなく―二つとなく
妨ぐればなり―妨げるからである。
清白―清廉潔白。
つのり―(生徒の)募集。
クルズス―講習。
ハックレンデル―ドイツの小説家。「ヨーロッパの奴隷生活」(1854)で宮廷劇場の踊り子を現 代の奴隷に擬した。
つながれ―拘束を受けて
温習―おさらい。練習。
紅粉―べにとおしろい。
親はらから―親兄弟
いかにぞや―どうであろうか。
賎しきかぎりなる業―賎業婦。私娼
~とぞいふなる―~という話だ
剛気―強い気性。
さすがに―それでもやはり。
コルポルタアジュ―行商
趣味―面白み、味わい。美を知る能力。
―手紙
かかれば―こういうわけであるから
不時―不意。突然。
免官―免職。罷免。公務員の身分を失わせること。
色を失ひつ―顔がまっ青になった。「つ」は完了
身の―自身の
学資―学費・生活費。留学資金のことをいう。
要なし―無用だ。必要ない。
愛づ―愛する。かわいがる。
危急存亡の秋(とき)― 一身の大事に関わる重大な決断の瀬戸際。滅びるか存続するかの大事な時。
怪しむ―不思議に思う。
誹る―非難する。
数奇―不運。不幸。
鬢の毛―顔の両側面の髪。耳の上の髪。
解けて―ほどけて
いぢらしき―可憐な。痛々しい
感慨―身に染みて深く感じること物事に感じて嘆くこと。
恍惚―頭がぼけて意識がはっきりしないさま、我を忘れる。前にクロスター街の寺院を見て「恍惚」となった描写があった。心を奪われてうっとりするさま
いかにせむ―どうしようもない

―運命
学成らずして―学問が成就しないで
浮かぶ瀬あらじ―不運から抜け出るチャンスはあるまい。
手だて―方法。手段。
官報―政府発行のニュース(新聞)。人事異動の記事がある。
報道せしむる―報道させる
午餐―昼食
とかう―あれこれ
寄寓― 一時的に人の家に身を寄せること。
憂きが中にも―つらいことの中にあっても
果つれば―終わると
キョオニヒ街―クロスター街に直交する旧市街の大通り。
休息所―新聞縦覧所を兼ねた休憩室(コーナー)
引き窓―スライド式の窓。
取引所―証券取引所
小をんな―ウェイトレス。給仕の少女。
一盞― 一杯。「盞」は小さな杯(カップ)。
あきたる新聞の―「の」は同格の格助詞。「はさみたる」まで係る。
かたへ―傍ら。側。
何とか見けん―何と見た(思った)ことだろうか。
よぎりて―立ち寄って
常ならず―ひときわ
なしえつべき―(いかにも)することができそうな。「つ」は強意
荒みぬ―荒れてしまった。放り出してしまった。気持ちが荒れたり、また努力を怠ったりした結果、技量などが低下した。
倚りて―もたれかかる。すわる
殊にて―異なっていて
活発々たる―生気に溢れ、勢いがよい。活気ある。
ビョルネ―ドイツの作家。官憲の弾圧を逃れ、パリで政府批判を展開した。
ハイネ―ドイツの詩人・評論家。同じくパリに逃れ、諷刺的な時局批判を行なった。
思ひを構へ―構想を練り
仏得力三世―フレデリック(フリードリヒ)三世。父帝ヴィルヘルム一世とともに一八八八(明二一)年中に病没。
―崩御、皇帝を敬ってその死をいう語
新帝―ヴィルヘルム二世。
ビスマルク侯―ヴィルヘルム一世時代以来のドイツの宰相。
つまびらかなる―詳細な
忙はし―忙しい。
ひもとく―書物を開く。書を読む
旧業をたづぬ―昔の調べ物を続行する、くらいの意。
難ければ―困難なので
見識―物事を正しく見通し、判断する力。また、それに基づくしっかりした考え。
長じき―伸ばした。
いかに―どのようであるか。
民間学―官学アカデミズムに対して、ジャーナリズムによる批評・研究の学問。在野の研究者による学問。
流布―世間に広まる。ゆきわたること。
若く― 匹敵する。かなう。打ち消しの語を伴って用いて、 「しくはなし」で、及ぶものはない。
高尚なる―高尚な(議論)。「高尚」は高潔・立派なさま。上品で程度の高いさま。
繁く―足繁く。しきりに。
一隻の眼孔もて―物事の本質を見抜く鋭い眼力で。「隻眼」は
すぐれた見識。独特の見識。
綜括的―総合的
おほかた―たいていの者。世間一般。
よくはえ読まぬ―十分に読めない(もの)。

すき―鋤。ここはスコップ
凸凹坎膃―道がでこぼこしていること。
うがつ(穿つ)―貫き通す。
なかなかに―(打消語と呼応して)とても。とうてい。
卒倒―意識を失って倒れる。
悪阻(つわり)―妊娠の初期にみられる消化器系の一群の症状。空腹時の悪心(おしん)や嘔吐、気分や嗜好の変化、食欲不振。
おぼつかなし―心許ない。不安だ。確かでなくはっきりしない。
いかにせまし―どうしたらよかろう。
日曜なれば―日曜はユダヤ教・キリスト教の安息日。
鉄炉―ストーブ。
庖廚―台所。
相沢が手―相沢の手跡(筆跡)
いぶかる―不審に思う。
とみの―急の
天方大臣―伯・伯爵という言葉でも登場。明治二一年、政情視察のため渡欧した内務大臣山県有朋がモデル。また、鴎外の同窓賀古鶴所が秘書官として同行、相沢のモデルという。
見まほし―会いたい。
よも―まさか(~ないだろう)
思ひしならん―思ったのだろう
心になかけそ―「な~そ」の禁止構文。 心配しなさるな。
今よりこそ(行かめ。参らめ。)―今からすぐに(出かけよう)
かくは心を用ゐじ―ここまで配慮するまい。
まみえもやせん―拝謁することもあろうか。
思へばならん―思ったからであろう
病をつとめて―病気を押して。
上襦袢―ワイシャツ。「襦袢」は肌着。
ゲエロック―フロックコート。男子の礼装。
襟飾り―ネクタイ。
手づから―自分の手で
誰もえ言はじ―誰も言うことはできないでしょう。
不興なる―不機嫌な
容を改めて―改まった様子になって
よしや~とも―たとえ~でも(としても)
幾年をか経ぬるを―何年か経ったことだろうに。
友にこそ逢ひには行け―ほかならぬ友人に逢いに行くのだ。
ドロシュケ― 一頭立ての辻馬車(二輪馬車)。
朔風―北風〔「朔」は北方の意〕。(髪乱して窓から見送るエリスが象徴的。この窓は後、「烱然たる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺の如き雪片に、乍ち掩はれ、乍ちまた顕れて、風に弄ばるゝに似たり」と記される)
カイゼルホオフ―「王宮」。ベルリンの高級ホテル。
門者―ドア・ボーイ。
プリュッシュ―ビロード状の綿・絹織物。
ゾファ―ソファ
前房―控えの間
踟樶―躊躇(ちゆうちよ)。ためらうこと。
品行の方正なる―身持ちが正しくきちんとしている。品行方正。
失行―不始末。過ち。
さまで―それほど
意に介せざりき―気にかけなかった
―事情。事実。
細叙―詳しく述べる。
謁する―拝謁(謁見)する。お目にかかる。
委托―事務処理を依頼する。
答へき―答えた。
生路―人生行路。閲歴。
平滑―平坦で順調。
轗軻数奇―不遇・不運。
胸臆を開く―胸襟を開く。心を開く。
閲歴―過去の経歴。過ぎ去ったことども。
譴める―責任を問う。叱る。
凡庸なる―平凡な
諸生輩―留学生仲間
色を正す―厳しい顔つきになる
諫むるやう―忠告することには
かひなし―しかたがない。むだである。
かかづらふ―かかわりあう。こだわる。
成心―先入観
曲庇―道理を曲げて人をかばう
朋友―友人
薦む―推薦する。
縦令(たとい)―「とも」と呼応して、逆接仮定条件を表す。「たとえ(仮令)」に同じ。
情交―親しい交際。男女の交際
人材―才能(ある人物)。
慣習―慣れ親しむこと。ならわし、習慣。
方鍼―方針。進路。
往きつきぬとも―必ず行き着くものとも。「ぬ」は強意(確述)。
中心―衷心。本心。
思ひ定む―決心する。
しばらく(姑く)― 一時的に。仮に。とりあえず。
情縁―恋愛関係
失はじ―失うまい。
抗抵―抵抗。あらがうこと。
え対へぬ―応答することができない。
撲てり―たたきつけた。吹きつけた。
玻璃―ガラス
ことさらに―格別に
膚粟立つ―鳥肌が立つ。
故郷―ここでは故国(日本)。
失錯―過ち。しくじり。

来べきか―来るだろうか。付いて来ることができるか 。
いかで―どうして。次の打消表現「従はざらむ」と呼応して、反語の意。「どうして従わないことがあるだろうか。いや、必ず従う。」
頼む―頼る。頼りに思う。
卒然―にわかに。
答への範囲―答えの及ぶ範囲。
うべなふ―承諾する。
屡々(しばしば)―たびたび
―代金
賜はりし―いただいた(もの)
これにて―これ(この金)で
―費用。生活費。
支へつべし―きっと保つことができるにちがいない。
常ならぬ身―妊娠していること。身重(みおも)。
心づかでありけん―気づかなかったというわけなのだろう。「けん」は、理由を表す言葉を伴って、原因推量を表す。
籍を除きぬ―(劇団の名簿から)除名した。解雇したことをいう。馘首(かくしゆ)。
言ひおこせつ―言ってきた。「言ひやりつ」の反意。
故あればなるべし―理由があるからであろう。
いたく―甚しく。
鉄路―鉄道
用意とてもなし―用意というほどのものもない。
ゴタ版―ゴタで出版された
魯廷―ロシアの宮廷。
貴族譜―貴紳録。紳士録。
物憂かるべく―つらい。苦しい
うしろめたかるべければ―気がかりだろうから。
知る人がり―(彼らの)知人のもとへ。
何事をか叙すべき―(「~か~べき」で係り結び。反語表現)とくに書き記すべきほどのことは何もない。
舌人―通訳。
拉し去りて―連れ去って
青雲―地位・学徳などが高いこと。高尚な上流社会を指すか
ペエテルブルク―帝政ロシアの首都。レニングラード。
囲繞―取り囲む。
驕奢―おごりと贅沢。
粧飾―美しい化粧と装い。
黄蝋の燭―ハゼノキ(黄櫨)から採った蝋で作る蝋燭。
エポレット―肩章
映射―照り映える。
彫鏤の工―彫刻の技巧
カミン―壁式暖炉。
賓主―賓客と主人側。
周旋―取り持つ。世話する。
事を弁ずる―用を果たす。
―手紙
え忘れざりき―忘れることができなかった。
心憂さ―つらさ
物語し―世間話をして
猶(なほ―ますます。よりいっそう。
かかる思ひ―このような思い
生計―生活手段。
ほど経て―しばらくして
今ぞ知りぬる―今こそ思い知りました。
―親族。親戚。血縁者。
~ことやはある―~ことがあるだろうか(いや、決してない)。 「やは」は反語。
我が愛もて―私の愛情で
つなぎ留めではやまじ―つなぎとめないではすまさない。
かなはで―できずに
かほどに―これほどに
路用―旅費。路銀。
世に出づ―出世する。
日をこそ待ため―日を待つことにしよう。
日にけに―日増しに。
袂を分かつ―別れる。
苦艱―つらさ。悩み。
迷ひなりけり―心の迷いなのであった。「けり」は〈気づき〉。
しるくなれる―著しく目立つようになった(こと)
それさへあるに―それだけでもどうかと思うのに
ゆめ―決して。禁止・打消の語(な~そ)と呼応
過ぎしころには似で―以前には似ないで
思ひ定む―決意する。
心折れぬ―自分の気持を曲げ納得した
わが―私が
ステッチン―ベルリン郊外の町
ともかくもなりなん―(きっと)どうにでもなるだろう。
地位―ここでは「置かれた立場」の意。
明視―はっきり見つめる。認識する。
順境・逆境―物事がうまく行っている境遇と不運で苦労の多い境遇
胸中の鏡―心の中(判断力)を指す比喩。
厚し―手篤い。
職分―職務の役割。
神も知るらむ―神もご承知だろう。神に誓って。
冷然たり―冷ややかである。
屋上の禽―風見鶏のことか。
ごとくなり―ようだ
かくてあらば―こうしていられたならば
かく―このように
公事―公務
告げやしけん―告げてしまったのだろうか。

本領―その人独特の性質や才能。本来の特質。
解くに由なし―ほどくすべがない
あなあはれ―ああ悲しい。
あたかもこれ―ちょうど(すなわち)
―朝。明け方。
駆りつ―走らせた。
除夜に眠らず―大晦日を騒ぎ明かすヨーロッパの風習。「除夜」は大晦日の夜。
習ひ―習慣。慣習。
寂然たり―ひっそりと静まりかえっている。
稜角―とがった角。
馭丁―御者(ぎょしゃ)。
何やらむ―何であろうか。
絶えなんを―必ず絶えてしまったことでしょう。「な(ぬ)」は強意の用法。
ただ―ほんの
一刹那― 一瞬の間。束の間。
低徊―心を決めかねて同じ所をうろうろすること。徘徊(はいかい)
―ぐずぐずすること。ためらうこと。躊躇(ちゆうちよ)。
倚る―寄りかかる。もたれる。
幾階か―何階へか。
―どら(銅鑼)。打楽器の一。金属性の円盤をひもでつるしたもの
いち早く―すばやく。さっさと。性急に。
ねぎらふ―労苦に報う。
伴ふ―連れて行く。
一瞥― 一目見る。
レエス―レース編みの布。
何とか見たまふ―何とご覧になりますか。
心がまへ―用意。準備。
襁褓―産着(うぶぎ)、生まれたばかりの子に着せる衣。おしめ。
黒きひとみをや持ちたらん―黒い瞳をもっているでしょうか
正しき心にて―その正しい心で
あだし名―他の姓名。別れることに対するエリスの危惧を暗示する
をさなし―幼稚だ。愚かだ。他愛ない。
寺に入らん日―洗礼を受けさせるために教会に行く日。
いかに―どんなに
嬉しからまし―嬉しいことでしょう。「まし」は推量。
おはさん―おありだろう(か)
あへて―進んで。
使ひして―使者をたてて
めでたく―立派で
わが測り知るところならね―(係助詞「こそ」と呼応する「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形。逆接の関係で以下に続く)私が推測できることではないが。
滞留―長く滞在する。
さることなし―そういうことはない。
落ち居たり―安心した。
気色―様子。顔色。
辞む―断わる。否定する。
あなや―ああ、しまった。
この手にしも―まさにこの手づるに。「しも」は強意。
ひきかへさん道―取り戻す方法
広漠たる―果てしなく広い
―思い
心頭を衝いて―心を突き上げて。衝動的に。
特操―他に左右されないしっかりした意志。堅い節操
承りはべり―かしこまりました黒がね―鉄。「黒がねの額」で鉄面皮「厚顔無恥」の意。
何とか言はん―何と言ったらいいのだろう。
錯乱―意識が混濁し、思考に異常をきたすこと。混乱。動揺。
叱せられ―叱られ。どなられ。
―長椅子。腰掛け。ベンチ。字音は「とう」。
灼く―真っ赤に焼く。焼けつく。本文は灼熱の解字。
―木槌。
もたす―もたせかける。寄りかからせる。
骨に徹す―骨身にしみとおる。
モハビット―ベルリン西北の地名。
カルル街―ベルリン市内の街。
鉄道馬車―路面電車のレールのような軌道の上を走る馬車。
ブランデンブルゲル門―前出「ブランデンブルク門」に同じ。
瓦斯灯―ガス灯
半夜―夜半。真夜中。
酒家―酒場。
賑はしかりしならめど―賑やかだったことであろうが。
ふつに―まったく(~ない)。
炯然たる―光り輝いている。
一星の火― 一点の火。
鷺のごとき―白鷺の羽のような(真っ白な)
いかにかしたまひし―どうなさったのですか。
うべなりけり―もっともなことだ
蒼然として―真っ青になって
おどろと―髪などがぼうぼうと乱れてもつれているさま
をののかれて―自然に震えがきて「れ(る)」は自発。
立つに堪へねば―立つことができないので。

人事を知る―意識を取り戻す。
ねんごろに―心をこめて。手篤く
顛末― 一部始終。事の初めから終わりまでの経過。
つばらに―詳しく
侍する―そばに仕える。付き添う。
いたく―たいへん
頬は落ちたり―肉が落ちて頬がこけていた。
窮せざりし―困らなかった
聞こえあげし―申し上げた。
一諾―ひとたび承知したこと。
さながら―まるで
豊太郎ぬし―豊太郎さん。豊太郎様。
かくまでに―これほどまでに
なげうちしが―投げ捨てたが。放り出したが。
探り見る―手で探って見る。
廃して―すたれる。くずれてだめになる。
―愚か
過劇なる―激しい
心労―気苦労。心配。
パラノイア―偏執症。分裂病の症状の一つで、以前は「失神」「痴呆」などという訳語を当てていた。
治癒―病気が治ること。
ダルドルフ―ベルリン北郊の町
癲狂院―精神病院
聴かず―言うことをきかない。聞き入れない。
離れねど―離れないけれども
これさへ―これとても
癒えぬ―治った。「ぬ」は完了
千行の涙―幾筋にもなって流れ落ちる涙。涙にかきくれる様子を表す
はかりて(議りて)―相談して

また得難かるべし―二人とは得られないであろう。
脳裡―脳裏。頭の中。心の中。
残れりけり―残っていることではある。「けり」は詠嘆の意。

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舞姫現代語訳

  ①…一、 帰国の途中、一人船に残り、愁いに沈む
    二、 回想記 生い立ちから恋愛の悲劇的結末まで
 ②…   起 ⅰ生い立ち
 ③…     ⅱドイツ留学の三年間
 ④…   承 ⅰエリスとの出会い
 ⑤…     ⅱエリスとの恋愛の深まり 免官と母の死
 ⑥…     ⅲエリスとの同棲 通信員の生活
 ⑦…   転 ⅰエリスの懐妊、相沢との再会
 ⑧…      ⅱロシア行き
 ⑨…   結 ⅰ帰国の承諾、エリスへの罪悪感
 ⑩…     ⅱエリス裏切りを知り発狂
 ⑪… 三、 回想記を終えての感慨


石炭は早くも積みおわったようす。二等船室のテーブルの辺りは人け もなく静かで、白熱電灯の灯りが白々と明るく輝いているのもかえって虚しく感じられる。いつも晩にはここに集まってくるトランプ仲間も、今夜ばかりは陸の ホテルに宿を取っていて、船に残っているのは私一人なのだった。
 いまから五年前のことになるが、日頃の念願がかなって官から渡欧のことをおおせつけられ、このサイゴンの港まで来たころは、見るもの聞くもの、すべてが 新鮮な印象であった。その時、興にまかせて書き散らした旅行記は毎日どれほどの多さであったろう。どれも当時の新聞に載せられて世間の人々にもてはやされ たものだが、今になって思えば子供めいた考え、身のほどをわきまえない言いたい放題、でなければありきたりの動植物や鉱物や、はては風俗習慣などまでもを 珍しそうに書き記していた。それらを、分別ある人はいかに見たであろうか。
 それに比べ、この度の帰国の途上に日記をつけようと買ったノートがまだ白紙のままなのは、ドイツで学問をしていた間に、冷淡で虚無的な性質を身につけたからであろうか。いや、これには別にわけがあるのだ。
 実際、東に向かって戻る今の私は、かつて西に向かって船出した昔の私ではない。学問だけはいまだ満ち足りないところも多いけれども、世間のつらさや悲し さも知った。人の心の当てにならないのは言うまでもなく、この自分の心までがいかに変わりやすいものであるかもよく思い知ることが出来た。昨日良しとした 物の見方・考え方を今日は否定していると言うような、私自身の時々の変容を、紙に写してだれに見せようか。これがすなわち日記の書けない由来なのか。いや いや、これには別にわけがある。
 ああ、ブリンジイシイの港を出航してから、すでに二十日余りを過ごした。普通なら初対面の旅客に対しても親しく交際し、たがいに旅の暇な辛さをなぐさめ あうのが航海の通例であるのに、身体の不調のせいにして船室のうちに閉じ籠もってばかりいて、同行の人たちにも口を利くことが少いわけは、人に知られぬ苦 しい思いに心を悩ませていたからだ。この苦しい思いは、はじめは一ひらの雲のように心をかすめていて、スイスの美しい山なみも目に映ることなく、ローマの 古蹟にも心をとどめさせないのみか、時を経るとやがてこの世が厭になり、さらにわが身をもはかなんで、はらわたがねじり切れるほどの痛みを感じ、今は心の 奥に凝り固まって、一点の影とばかりになったものの、それでも本を読む度に、あるいは物見るごとに、鏡に映る影法師かあるいは声に応じるこだまのように、 限りなく昔を懐かしむ思いを呼び起こして、幾度となく私の心を苦しめる。
 ああ、どうしたらこの苦しい思いを消し去ることができようか。これがほかの嘆きであったなら、詩や歌に詠んだあとはきっと気持ちもすがすがしくなるであ ろう。こればかりはあまりに深く私の心に刻み込まれたのでそれもなるまいと思うけれども、今夜はあたりに人もいない、ボーイが来て明かりを消していくまで にはまだ時間もありそうなので、その概略を文章につづってみることにしよう。

 私は幼いころから厳しい家庭教育を受けたかいがあって、父をはやくに亡くしたけれども学問が後退し てしまうこともなく、旧藩の学校にいたころも、東京に出て大学予備門に通っていたころも、大学法学部に入った後も、太田豊太郎という名前はいつも同学年の 首席に書き記されていたので、一人っ子の私を頼りとして暮らす母は心安らいでいたであろう。
 十九歳で大学を早くも卒業し、学士の称号を受けたとき、大学創立以来いまだかつてない名誉であると人にも言われ、そして官庁に奉職して、故郷の母を首都 東京に呼び迎え、楽しい年月を送ること三年ばかり、上官の受けも格別であったので、ついには「外遊して課の事務を調査せよ。」との命令をうけ、わが名を上 げるのもわが家を興すのも今こそと心が勇みたって、五十歳を越えた母に別れるのもそれほど悲しいとも思わず、はるばると故国を離れてベルリンの都までやっ てきた。

 私は、漠然とした名を挙げたいという思いと、自己を抑制して努力し勉強する力とをもって、たちまちこのヨーロッパの新興の大都市の中央に立った。
 わが目を射るのはなんという輝き、心を惑わそうとするのはなんという美しさ。「菩提樹の下」と訳してしまうと、ひっそり静かな所のように思われるが、こ のまっすぐな髪のように延びている「ウンテル・デン・リンデン」の大通りに来て、左右の石畳の歩道を歩む幾組もの男女の群れをご覧なさい。まだ皇帝ヴィル ヘルム一世が街路に臨む宮殿の窓から街をご覧になっていたころのことで、胸を張り、肩をそびやかした士官が色とりどりに飾り立てた礼装をしている姿や、麗 しい娘がパリ風の化粧をしているさまは、どれもこれも驚きの目をみはらないものはない。更には、車道のアスファルトの上を音もさせずに走るさまざまの馬 車、雲にそびえる高楼が少しとぎれた処には、晴れた空に夕立のような音を響かせてあふれおちる噴水の水、遠く望めばブランデンブルク門をへだてて緑の木々 が枝を交わしているなかから空に浮かび出た凱旋塔の守護女神像など、おびただしい景観が目の前にひしめき集まっているのだから、初めてこの地を訪れた者が 見るもの聞くものに次々と心奪われてしまうのももっともなこと。
 しかし、私の胸にはたとえいかなる場所に旅しても害ある余計な美観には心を動かされまいとの堅い決意があり、いつも迫ってくるこれら華やかな外からの誘惑を絶ちきっていた。

 私が呼び鈴を鳴らして案内を求め、国からの紹介状を出して日本から来たとの意を告げるとプロシア国の役人は、みな快く迎えてくれ、「大使館の手続きさえ 無事に終わったならば、何なりと教えも伝えもしましょう。」と約束した。うれしかったのは、私が故国においてすでにドイツ語もフランス語も学んでいたこと だ。彼らははじめて私に会ったとき、どこでいつの間にこれほどに習得したのかと尋ねないことはなかったのである。
 さて、公務の暇がある度に、前もって正式の許可も得ていたので、現地の大学に入って政治学を修得しようと、学籍簿に名を載せる手続きを取った。
 ひと月ふた月と過ごすうちに、公式の打ち合わせも済んで、取り調べもだんだんはかどっていったので、急ぎの件は報告書を作って本国に送り、急ぎでもない その他のものは手元に資料を写しとどめるというようにして、ついにはそのノートが何冊になったことだろう。大学の方では、自分の幼稚な考えで予想していた ような政治家を養成する学科などのあろうはずもなく、あれかこれかと思い惑いながらも、二・三の法学者の講座に出ることを決めて、授業料を納め、聴講に出 かけたのだった。

 こうして三年ほどは夢のように過ぎていったが、来るべきときが来ればどんなに隠しても隠しきれないものは人の好みというものなのだろう。
 私は父の遺言を守り、母の教えに従い、人が神童だなどとほめるのがうれしさに怠けることなく学問に精を出したころより、上官が「良い働き手を得た」と激 励する喜ばしさに怠りなく勤務を続けてきた時まで、ただひたすら受動的、機械的人物になってみずから悟らなかった。しかし、いま二十五歳になって、すでに 久しくこちらの自由な大学の風潮に感化されたせいか、心の中がなんとなく穏やかでなく、奥深くに潜んでいた真実の自分が、次第に表にあらわれて、昨日まで の偽りの自己を攻撃するかのようだった。
 私は自分がいまの世の中に時めく政治家になるには適当でなく、また立派に法律書を暗唱して判決を下す法律家になるにもふさわしくないことを悟ったと思った。
 私はひそかに考えた。母は私を生きた辞書にしようとし、上官は私を生きた法律にしようとしたのではないか。生き字引であることはそれでも可能であるが、 歩く法律となるのはとうてい我慢がならない。今まではごく些末な問題にもきわめて丁寧に返答してきた私がこのころから上司に寄せた手紙には法律の細部にと らわれるべきでないことをあれこれ言い立て、「ひとたび法の精神さえ学びえたならば、あれやこれやの細かなことは一気に解決できるものだ。」など堂々と言 い立てたこともあった。また大学では法科の講義はおろそかにして、人文・歴史に心を寄せて、そろそろ面白みも分かる域に達してきた。
 上官はもともと意のままに使うことのできる機械を作ろうとしたのだろう。独自の考えを抱いて、人並みでない偉そうな顔つきをした男をどうしてこころよく 思うはずがあるだろうか。あやうかったのは、そのころの私の地位であった。しかしながら、こればかりではまだ私の地位をくつがえすには足りなかったのだ が、日ごろベルリンの留学生のうちで、ある勢力あるグループと私との間におもしろくない関係があり、その人たちは私を嫉妬し疑い、またついに私にぬれぎぬ を着せて陥れるに至った。しかし、これとても理由なくてのことではなかった。
 その人たちは私が一緒にビールのジョッキを取り上げず、玉突きのキューも取らないのを、頑固で一途な心と自制の力のせいにして、一方ではあざけり、又一方では嫉妬しもしただろう。しかし、これは私を知らないからだった。
 ああ、この理由は、自分自身さえ気づかなかったものを、どうして他人に知られるはずがあったろうか。私の心はあの合歓という木の葉に似て、物が触れれば 縮んで避けようとする処女に似ていた。私が幼いころから年長者の教えを守って、学問の道をたどった時も、仕官の道を歩んできた時も、どれも勇気があって精 進してきたのではない。継続努力の勉強の力と見えたのも、すべて自分を欺き、人までも欺いたのであり、ただ人がたどらせた道を一筋にたどっただけなのだ。 他の方面に心が乱れなかったのは、ほかのものを捨ててかえりみないほどの気概があったからではなく、ただもうほかのものを恐れて自分の手足を自分でしばっ ていただけなのだ。故国を出る前も、自分が前途有望な人物であることを疑わず、また自分がいかなる困難にも耐えられる意志の持ち主だと深く信じていた。あ あ、それもつかのまのことだったのだ。船が横浜を離れるまでは、あっぱれ豪傑よと思っていた自分が、こらえきれない涙に思わずハンカチを濡らしたのをわれ ながら不思議なことと思ったが、これこそがまさに自分の本性だったのだ。この心は生まれつきなのであろうか、それとも、父を早く失って母の手に育てられた ことによって生じたのだろうか。
 彼らがあざけるのはもとよりしかたがない。しかし、嫉妬するのは愚かなことではないか。この弱く、かわいそうな心を。
 赤く白く顔を塗って、きらびやかな色のドレスを身にまとい、酒場に座して客を呼ぶ女たちを見ても、そこに行って共にふざける勇気なく、また山高帽をかぶ り、眼鏡で鼻を挟むようにして、プロシアでは貴族まがいの鼻音でしゃべる洒落者を見かけても、これと遊び回る勇気もない。これらの勇気がないので、あの活 発な同郷人たちと交際しようもない。この交際下手のために、彼らは単に私をあざけり、または嫉妬するにとどまらず、さらには私をうたがったり、ねたんだり するに至った。これこそ、私が無実の罪を負って、わずかの間にはかりしれない苦難を味わい尽くすきっかけとなったものなのだった。

 ある日の夕暮れのこと、私は動物公園を散歩して、ウンテル・デン・リンデンを通り過ぎ、モンビシュウ通りの自分の下宿に帰ろうとして、クロステル小路の古い教会の前まで来ていた。
 大都会の灯火の海を渡って、このクロステルの狭く薄暗い横丁に入ると、階上の手すりに干したシーツやシャツなども取り込まずにいる人家や、頬ひげを伸ば したユダヤ教徒の年寄りが前に佇んでいる居酒屋、また一つの階段が屋上まで通じ、もう一つの階段が穴蔵住まいの鍛冶屋に通じている貸家などがある。それら の建物に向かい合って凹字の形に引っ込んで建っている三百年前の遺跡と思えるこの古寺を眺めるたびに、我を忘れてうっとりと立ち尽くしたことはこれまで幾 度あったろう。
 丁度この場所を通り過ぎようとするとき、教会の閉ざされた門扉にもたれたまま、声をおさえて泣いている一人の少女を見た。年のころは十六七であろうか。 頭にかぶったスカーフからもれ出ている髪は淡い金色で、着ている衣服は垢じみたり汚れている感じもない。私の足音に驚かされてふりかえった顔は・・・私に は詩人の筆力もないのでここに写すことができない。この青く清らかで、もの問いたげに悲しみを帯び、なかば涙の露を宿した長いまつげにおおわれたその眼 は、どうしてただ一度こちらを見たばかりで、この用心深い私の心の底までつきとおしたのだろうか。
 彼女は思いがけない深い悲しみに遭って、あとさきの事情を顧みる余裕もなく、ここに立って泣いているのだろうか。いつもの私の臆病な心も憐れみの情がうち勝って、私はふとそばに寄った。
「どうして泣いていらっしゃるのですか。こちらにわずらわしく面倒な知り合いもない他国の者のほうが、時によってはかえってお力を貸しやすいかもしれません。」
 思わず言葉をかけたが、われながら自分の大胆なのにあきれてしまった。
 彼女は驚いてこの黄色人の顔を見つめていたが、私のまじめな気持ちが顔色にも表れていたのであろう。
「あなたは良い人だと思います。あの人のようにむごくはないでしょう。また私の母のようにも。」
 しばらくとだえていた涙は、また泉のようにあふれて愛らしい頬を流れ落ちた。
「私をお救いくださいませ、私が恥しらずの人間になってしまうのを。母は私があの人の言葉に従わないからといって、私をぶちました。父は死んだのです。明日はお葬式を出さなければならないのに、家には一銭のたくわえもないのです。」
 あとはすすり泣きの声ばかり。私の目はこのうつむいた少女のふるえるうなじにばかり注がれていた。
「あなたのお家までお送りしましょうから、まず気持ちを落ち着けなさい。泣く声を人に聞かせるものではありません。ここは往来なのですから。」
 彼女は話をするうちに、知らず知らず私の肩に身をよせていたが、この時ふと頭をあげ、はじめて私を見たかのように、恥じて私のかたわらを飛びのいた。
 人に見られるのを避けて足早に行く少女のあとについて教会の筋向かいの大きな戸を入ると、ひび割れた石の階段がある。これを昇って四階目にくると、腰を 曲げてくぐれるほどの戸がある。少女は、錆びた針金の先をねじ曲げて作った把手に手をかけて強く引いた。中でしわがれた老人の声がして「誰だい。」と聞 く。
「エリスが帰りました。」と答えるほどもなく、戸を乱暴に開いたのは、半ば白髪の、人相は悪くないが貧苦のあとを眉間の深い皺に刻み込んでいる老女で、古 ぼけたネルの上着に、汚れた上ばきを履いていた。エリスが私に会釈して中に入るのを待ちかねたように、戸を激しく閉てきった。
 私はしばらく呆然として立っていたが、ふとランプの光に透かして戸を見ると、エルンスト・ワイゲルトとペンキで書いた表札の下に仕立物師と注記してあ る。これが亡くなったという少女の父親の名前なのだろう。戸の内では言い争うような声が聞こえていたが、また静かになって、戸が再び開いた。先ほどの老婦 がまた現れ、今度は丁寧に自分の非礼のふるまいを詫び、私を中へ招き入れた。中はすぐに台所で、右手の低い窓には真っ白に洗った麻布を掛けてある。左手に は粗末に積み上げたレンガのかまどがある。正面の一室は戸が半分開いているが、中には白布をおおった寝台がある。横たわっているのは亡くなった人なのであ ろう。
 かまどの横の戸を開いて私を案内した。この場所はいわゆる屋根裏部屋の街路に面した一室なので、天井もない。隅の屋根裏から窓に向かって斜めに下がって いる梁を壁紙で張ってある下の、立てば頭がつかえそうなところに寝床がある。中央にある机には美しい敷物を掛けて、上には書物一、二冊とアルバムを並べ、 陶器の花瓶にはここに似合わしくない高価な花束を活けている。そのそばに少女はきまりわるげに立っていた。
 彼女はたいへん美しい。乳白色の顔は灯火に映じてかすかに赤みがさしていた。手足がか細くすらりとしているのは、貧しい家の女性らしくない。老婆が部屋を出た後、少女は少し下町風の訛りのある言葉で語った。
「どうか許してください。あなたをここまでご案内した心ないふるまいを。あなたはきっと良い方なのでしょう。私をまさかお憎みにはならないでしょう。父の 葬儀は明日に迫っているというのに、頼りに思っていたシャウムベルヒが、・・そう、あなたはご存じないでしょう。彼はヴィクトリア座の支配人です。彼に雇 われてから、早くも二年になるので、ことなく私たちを助けてくれるものと思っていたのに、人の苦しさにつけこんで、身勝手な言いがかりをつけてくると は。・・どうか、私をお救いください。お金は少ない給金の中から振り分けてお返し致します。たとえこの私は食べなくても。それもできないならば、母の言葉 に従うしかありません……。」 
 彼女は涙ぐんで身をふるわせた。その見上げた目には、人にいやとは言わせないなまめかしい愛らしさがあった。この目の働きは意識してするのか、それとも無意識のだろうか。
 ポケットには二、三マルクの銀貨があったが、それで用が足りるはずもないので、私は懐中時計をはずして机の上に置いた。
「これでこの一時の急場をしのいでください。質屋の使いがモンビシュウ街三番地の太田まで訪ねてきたときには、代金を支払うから。」
 少女は驚き感銘を受けた様子で、私が別れのために差し出した手を唇に当てたが、はらはらと落ちる熱い涙を私の手の甲にそそいだ。

 ⑤ああ、何という不運だったろう。この恩に感謝しようとして自分から私の下宿を訪ねてきた少女は、ショーペンハウ アーやシラーの著書に囲まれて一日中座って読書する私の窓辺に、一輪の美しい花を咲かせたのだった。この時からはじめて、私と少女との交際は次第に度重 なっていき、在留の日本人たちにまで知られることになったので、彼らは早合点にも私が踊り子たちの間に色を漁り歩くと考えた。私たち二人の間には、まだ幼 く無邪気な喜びだけがあったというのに。
 ここにその名前を出すのははばかられるが、同国人の中に事を荒立てて喜ぶ者があり、私が足しげく劇場に出入りして女優と交際するということを上官まで報 告した。ただでさえ私の学問がずいぶん違った道に行くのを苦々しく思っていた上官は、遂にその一件を公使館に伝え、私を罷免・解職してしまった。公使がこ の命令を伝えるとき、私に向かって言うには、「貴方がもしすぐに帰国するならば旅費は支給しようが、もしまだ当地に留まるのであれば公費の助成を仰ぐこと は出来ない。」ということであった。私は一週間の猶予を願って、あれこれ思い悩むうちに、生涯でもっとも悲痛を覚えさせた二通の書状に接した。この二通は ほとんど同時に出したものだが、一通は母の自筆、もう一通は親戚の者が母の死を、私がこのうえなく慕う母の死を知らせてきた手紙であった。私は母の手紙の 文言をここに繰り返し記すことができない。涙がこみ上げてきて筆の運びを妨げるからだ。
 私とエリスとの交際は、この時までははたから見るより潔白だった。彼女は父親が貧しいために十分な教育を受けず、十五才の時舞踏の教師の募集に応じて、 この卑しい仕事を教えられ、レッスンが終了したあとはヴィクトリア座に出て、今では場中第二位の地位を占めていた。しかし、作家ハックレンデルが現代の奴 隷といったごとく、はかないのは踊り子の身の上であった。少ない給金で束縛され、昼は稽古、夜は舞台と休みなく酷使され、劇場の化粧部屋に入れば白粉もつ け、華美な衣装もまとうけれども、場外に出れば、自分ひとりの衣食も足りないほどであるから、まして親兄弟を養う場合などその苦労はどれほどのことであろ う。であるから、彼女たちの仲間で、賎しいかぎりの仕事に堕ちない者は少なくないということだ。エリスがこれを免れてきたのは、おとなしい性質と、気強く 何物にも屈しない父親の保護によっていたのだ。彼女は幼時から本を読むことはそれなりに好きな方であったが、手に入るのは品のないコルポルタージュと呼ば れる貸本屋の小説ばかりだったが、私と知り合ったころから、私の貸し与える本を読むことを覚えて、次第にその面白みを知り、言葉の訛りも改め、私に宛てた 手紙にもほどなく誤字が少なくなった。そうであるので、私たち二人の間にはまず師弟の交際が生まれたのだった。
 私の突然の免職を聞いたとき、彼女は真っ青になった。彼女のことが関係していたことは隠したが、彼女は私に向かい、母親にはこのことを秘密にしていてほしいと言った。これは、私が留学費用を失ったことを母親が知って私を疎かにするを恐れたからだった。
 ああ、ここにくわしく書く必要もないことだが、私の彼女を愛する気持ちが急に強くなって、とうとう離れられない仲となったのはこの時であった。一身の大 事を前にして、まことに生き残るか滅びるかという重大な瀬戸際であるのに、このような行いがあったのを不審に思い、また非難する人もあろうが、私がエリス を愛する気持ちは、初めて出合ったときから浅くはなかったうえに、いま私の不運を憐れみ、また別離の悲しみに寂しくうつむき沈んだ顔に、髪の毛がほどけて 垂れかかっている、その美しい、いじらしい姿は、悲痛の極に平常心を失った私の脳髄を貫いて、心を奪われてうっとりする間にここに至ったのをどうしようも なかった。

 ⑥公使に約束した日限も近づき、私の運命の時は迫った。このまま国に帰れば、学成らずして汚名を負ったこの身が再び浮かぶことはあるまい。しかし、ここに滞留するには学資を得る手段がなかった。
 この時私を助けたのは、いま私とともに帰国の途に付いている者の一人、相沢謙吉である。彼はその当時東京にいて、すでに天方伯爵の秘書官であったが、私 の免官の記事が官報に載ったのを見て、ある新聞の編集長を説いて、私を社の通信員となし、ベルリンに留まって政治・学芸の記事などを報道させることとした のだった。
 社の報酬は言うに足りない額だったが、下宿を替え、昼食をとるレストランをも変えたなら、細々ながら生活はしていかれるだろう。あれこれ思案するうち に、誠意をあらわして私に助けてくれたのはエリスだった。彼女はどのようにして母親を説得したのだろうか、私は彼ら親子の家に身を寄せることとなり、エリ スと私とはいつからとなく、わずかな収入を合わせて、苦しい中にも楽しい月日を過ごした。
 朝食のコーヒーをすませると、彼女は稽古に行き、そうでない日は家にいて、私はキヨオニヒ街の間口が狭く奥行きの長い新聞閲覧所に出掛け、あらゆる新聞 を読み、鉛筆を取り出してあれこれと材料を集める。天井の窓から採光を行っている部屋で、定職のない若者や、多くもない金を人に貸して自分は遊び暮らして いる老人、取引の合間を盗んで憩いを求める商人などと隣り合って、冷たい石のテーブルの上で、せわしなく筆を走らせ、給仕の少女が運んでくる一杯のコー ヒーが冷めるのもかまわず、細長い板切れに挟んだ新聞を何種類も掛け連ねた脇の壁にしきりに往来する日本人を、知らない人は何と見たことだろう。また、一 時近くにもなると、稽古に行った日には帰り道に寄って、私と一緒に店を出る、この格別に軽やかな、まるで掌の上で舞うことさえできそうな少女を、不思議 がって見送る人もあったであろう。
 学問は荒れ衰えてしまった。屋根裏部屋の小さな灯火がかすかに燃え、エリスが劇場から帰って、椅子に腰かけ縫い物などをするそばの机で、私は新聞の原稿 を書いた。むかし、法令の条目の枯れ葉を紙の上に掻き寄せていたのとはちがい、今はいきいきと活動している政界の動静や、文芸・美術に関連した新現象の批 評など、いろいろと結びあわせ、力の及ぶかぎり、ビョルネよりはむしろハイネを学んで構想を立て、さまざまの文章を記した中でも、皇帝ヴィルヘルム一世に 続いてフレデリック三世の崩御があり、新帝の即位、ビスマルク侯爵の進退はどうなるかなどのことについては、とくに詳細な報告をしたのだった。であるか ら、この頃からは思っていたよりも忙しく、多くもない蔵書をひもといて以前の勉強を進めることも難しく、大学の学籍はまだ削られないものの、授業料を納め ることも困難なので、たった一つにした講義でさえ、聴講に出かけることはまれであった。
 学問は荒れ衰えてしまった。しかし、私は別の意味で一種の見識を深めた。それは何かといえば、いったい民間の学問というものが広まっいてるのは、欧州諸 国の中でもドイツにまさるものはあるまい。何百種という新聞雑誌に散見する議論には、大層高尚なものも多いのだが、私は通信員となった日から、かつて大学 に足しげく通っていたころに養った見識によって、読んではまた読み、写してはまた写すうちに、今まで一筋の道だけを走っていた知識は、おのずから総合的に なって、同郷の留学生などの大半が夢にも知らぬ境地に到達した。彼らの仲間には、ドイツの新聞の社説すら好くは読めない者がいるというのにだ。

 ⑦明治二十一年の冬がきた。表通りの歩道では凍結にそなえてすべりどめの砂を蒔いたり、スコップで雪掻きもする が、クロステル通りのあたりはでこぼこしたところは見えるけれど、表面ばかりは一様に凍って、朝、戸を開くと飢えて凍えた雀が落ちて死んでいるのも哀れで ある。部屋を暖め、炉に火を焚きつけても、石の壁を貫き、衣服の中綿を通す北ヨーロッパの寒気はなかなかに耐え難かった。エリスは二三日前の夜、舞台で倒 れたといって、人に助けられて帰ってきたが、それ以来気分がすぐれないというので舞台を休み、食事のたびに吐くのを妊娠しての悪阻(つわり)であろうと初 めて気づいたのは母親であった。ああ、そうでなくてさえ心細いのはわが身の行く末であるのに、もし妊娠が本当であったらどうしたらよかろう。
 今朝は日曜なので家にいるが、心は楽しくない。エリスはまだ横になるほどではないが、小さな鉄製のストーブの近くに椅子を近づけて言葉少ない。この時、 戸口に人の声がして、まもなく台所にいたエリスの母が郵便の手紙を持って来て私に渡した。見ると見覚えのある相沢の筆跡であるが、郵便切手はプロシアのも のであり、消印にはベルリンとあった。不審に思いながら手紙を開いて読んでみると、
「急のことであらかじめ知らせる方法もなかったが、昨夜こちらにお着きになった天方大臣に付き従って自分もやってきた。伯爵が君に会いたいとのおっしゃるので、すぐ来てくれ。君の名誉を回復するのもこの機会にあるはずだ。心ばかりが急がれて用件だけを記す。」とあった。
 読み終わって茫然とした顔つきを見て、エリスが言う。
「お国からの手紙ですか。まさか悪い便りではないでしょうね。」
 彼女は例の新聞社の報酬に関する手紙だと思ったのだろう。
「いや。心配することはない。あなたも名前を知っている相沢が大臣とともにここに来ていて、私を呼んでいるのだ。急ぐということだから、今から出掛けます。」
 かわいい一人息子をおくりだす母親でもこれほどは気を配ることはあるまい。大臣に謁見することもあろうかと思うからか、エリスは病身をおして起き、シャ ツもきわめて白いものを選び、丁寧にしまっておいたゲエロックという二列ボタンの服を出して着せ、ネクタイまで私のために手ずから結んだ。
「これで見苦しいとは誰も言えないでしょう。鏡の方を向いてご覧なさい。どうしてそんな不機嫌なお顔をお見せになるのですか。私もご一緒に行きたいほどですのに。」
 少し様子を改めて、
「いいえ。こうして立派に衣服をお改めになったのを見ると、何となくわたくしの豊太郎様には見えません。」
 また少し考えて、
「たとえ富貴におなりになる日があっても、わたくしを見捨て下さいますな。わたくしの病気が母のいわれるようなものでないとしても。」
「なに、富貴だって。」
 私は微笑した。
「政治の世界などに出ようとの望みを絶ってから何年も経ってしまったのだ。大臣には会いたくもない。ただ長年別れたままの旧友に会いに行くだけだ。」
 エリスの母が呼んだ一等馬車(ドロシュケ)は車輪をきしませ雪道をすぐ窓の下まで来た。私は手袋をはめ、少し汚れた外套を背中にかけて手は通さずに帽子を取り、エリスにキスをして階段を降りた。
 彼女は凍った窓を開け、乱れた髪を北風に吹かせるにまかせて私の乗った馬車を見送った。
 私が馬車を下りたのは「カイゼルホオフ」の入口である。門衛に秘書官相沢の部屋の番号を尋ね、久しく踏み慣れていない大理石の階段を昇り、中央の柱に ヴェルヴェットのカバーを掛けたソファを備え置き、正面には姿見を立ててある控の間に入った。外套をここで脱ぎ、廊下を通って部屋の前まで往ったが、私は 少しためらった。一緒に大学にいた頃、私の品行方正であるのをさかんにほめるていた相沢が、今日はどのような顔つきで出迎えるであろう。部屋に入って向か い合って見ると、姿かたちは以前に比べると太って逞しくなったものの、相変わらず快活な性格で、私のしくじりをもそれほど問題にしていないらしく見えた。 一別後の事情を詳しく述べるひまもなく、彼に連れられて大臣に拝謁し、委託されたのはドイツ語で書いた文書で急に必要な文書を翻訳するようにとのことで あった。私が文書を拝受して大臣の部屋を出た時、相沢は後から来て、私と昼食を共にしようと言った。
 食事の席では、彼が多く質問し、私がもっぱらそれに答えた。彼のこれまでの生活がおおむねなだらかに来たのに対して、不運不遇であったのは私の身の上のほうであったからである。
 私が心を開いて一部始終を語った不幸な経歴を聞いて、彼はたびたび驚いたが、むしろ私をとがめるよりは、かえって他の凡庸な留学生仲間たちを罵倒した。しかし、話が終わった時、彼は改まった表情になって忠告するには、
「この一件は、もともと君の生来の心弱さから発したことであるから、いまさらどうこう言ってもしかたのない。とはいっても、学識も才能もある者がいつまで も一少女の情にこだわって目的の無い生活をすべきではない。今は天方伯爵もただ君のドイツ語の語学力を利用しようというお気持ちしかない。私もまた伯爵が 君の免官の理由をご存じであるから、強いてその先入観を改めようとはしない、伯爵から道理を曲げてまで人をかばいだてするなどと思われては、友のためにも ならず、わが身にも不利だからだ。人を推薦するには、まずその能力をしめすに越したことはない。能力を示して伯爵の信用を求めよ。またその少女との関係 は、たとえ彼女にまごころがあっても、いかに二人の交わりが深いものになっていたとしても、才能を知っての恋ではなく、慣習という一種の惰性から生じた関 係である。思い切って彼女との関係を断て。」と。これがその忠告の言葉の概略であった。
 海原で舵を失った人が、はるかに山を認めたようなのが、相沢の私に示した今後の方針ではあった。けれどもこの山はまだ幾重にも立ちこめた霧の中にあっ て、いつ行き着くとも、いや、果たして到達すべきものとも、さらにまた心から満足を与えてくれるものとも、いっさいはっきりとはしなかった。貧しい中にも 楽しいのは現在の生活であり、エリスの愛情は見捨てがたい。私の弱い心には決意するすべもなかったが、ひとまず友人の言葉に従ってこの関係を断つことを約 束した。私は自分の守るものを失うまいとして、わが身に敵対するものに対しては抵抗するけれども、味方の友人に対してはいつもいやと断われないのであっ た。
 友と別れて表に出ると、風が顔に吹き付けた。二重のガラス窓をしっかり閉ざして、大きな陶製の暖炉に火を焚きつけたホテルの食堂を出たのであったので、薄い外套をとおす午後四時の寒さは格別に耐え難く、鳥肌が立っとともに、私は心の中にも一種の寒さを覚えたのだった。
 翻訳は一晩で仕上げた。カイゼルホオフ・ホテルに通うことはこれ以後だんだん頻繁になっていくうちに、初めは伯爵の言葉も用事だけであったが、後には最 近故国であったできごとなどを取り上げて私の意見を問い、折に触れては道中で人々がしくじったことなどを告げてお笑いになった。

 ⑧ひと月ばかり過ぎて、ある日伯爵は突然私に向かって、
「私は明日の朝、ロシアに向かって出発することになっている。君は随行できるか。」と問われた。私は数日の間、例によって公務繁忙の相沢には会っていなかったので、この問いかけは不意を突いて私を驚かせた。
「ぜひとも仰せに従いましょう。」
 私は自分の恥をここに告白しよう。この返事は即座に決断して言ったのではない。私は自分が信頼する気持ちを起こした人に、急にものを尋ねられたとき、 とっさの間、その答えの及ぶ範囲をよく考えもせず、すぐさま承諾することがある。そうして承知したあとになってその実行しがたいことに気づいても、その時 に心が空虚であったことを無理にも覆い隠し、我慢して約束を実行することが幾度もあった。
 この日はいつもの翻訳の代金に加えて、旅費まで添えて下されたのを持ち帰り、翻訳代金をエリスに預けた。これでロシアから帰って来るまでの家計を支える ことはできよう。彼女は医者に診せたところやはり子供が出来ているとのことだった。貧血の性質であったから、何ヶ月か気づかなかったのであろう。支配人か らは舞台を休むことがあまりに長くなったので除籍したといい寄こした。休んでからまだひと月ほどであるのに、これほど厳しく言ってきたのはわけがあるから であろう。彼女は私の旅立ちのことにはそれほど心を悩ます様子も見えなかった。偽りのない私の心を篤く信じていたので。
 鉄道で行けばそれほど遠くもない旅であるから、支度というほどのものもない。身の丈に合わせて借りた黒の礼服、新しく買い求めたゴタ版のロシア宮廷貴族 の系譜、それに二三種の辞書などを手提げカバンに入れただけだ。エリスはさすがに心細いことばかり多いこの頃のことであるから、私が出て行く後に残るのも 気が重いだろうし、また駅で涙をこぼしなどしたら後ろ髪を引かれる思いになってしまうので、翌朝早くに、母とともに知人の家に出してやった。私は旅支度を 整えて家の戸を閉め、鍵を建物入口に住む靴屋の主人に預けて出かけた。
 ロシア旅行については、何事を書くべきであろうか。これといって述べるほどの事はない。
 通訳としての任務につくと、ひたすら忙しく、たちまちロシア朝廷のただ中にいるのだった。私が大臣の一行に従ってペエテルブルクにあった間、私の周囲を 取り巻いていたものは、パリでも最高にぜいたくな華やぎを氷雪の中に移しかえたかとも思われる宮殿の装飾であり、わざわざ黄色い蝋燭をおびただしく灯した 中に、星を重ねた勲章の数々、いくつもの肩章にきらめく光、技巧の粋を尽くした彫刻の施された暖炉の火に寒さも忘れて官女たちが使う扇の輝きなどで、この 人々の中にあってフランス語をもっとも流暢に話すのは私だったので、主客の間をとりもって通訳するはほとんどが私の務めだった。
 この間にも、私はエリスを忘れなかった。いや、彼女は毎日のように手紙をよこしたので、忘れようがなかった。
「あなたがお発ちになったその日は、いつになく一人で明かりに向き合うのがつらく、知り合いの所で夜になるまで話を交わし、疲れるのを待って家に戻り、そ のまますぐに寝てしまいました。翌朝、目が覚めたとき、なお一人留守をしているのが夢ではないかと疑いました。やっと起き出したときの心細さ、このような 思いは、暮らしに困ってその日の食べ物がないような時にも、したことがありませんでした。」
 これが第一の手紙のあらましである。
 またしばらくしてからの手紙は、たいへん思いつめて書いたようであった。初めを「いいえ」という文字で書き起こしてあった。
「いいえ、あなたを愛する心の深い底を今こそ思い知りました。あなたは故国には頼りになる親類など無いとおっしゃいましたから、こちらに暮らしの立つ何か よい手段があれば、ずっとこちらに留まらないはずはないでしょう。また、私の愛情でつなぎ止めずにはいないでしょう。それもかなわず、東洋にお帰りになる というならば、母と一緒に行くのは簡単ですが、そのための多額の旅費をどこで得ましょう。どんな仕事をしてでも、この地に踏みとどまって、あなたがご出世 なさる日を待とうと常には思っていましたが、しばらくの旅といってお出かけになってからこの二十日ばかり、別離の思いは日ごとに深まっていくばかりです。 たもとを分かつのはただ一瞬の辛さと思っていたのは間違いでした。私の身体もだんだん目に立つようになってきます。それもある上に、たとえどのようなこと があっても、決して私をお棄てくださいますな。母とはずいぶん争いました。けれども、私が以前とは異なり、固く決心した様子を見てはようやく納得したよう でした。私が日本に行く日には、自分はステッティンの辺りの農家に遠い親戚がいるから、そこに身を寄せようと言います。お手紙にあるとおり、大臣様に取り 立てられなさいましたなら、私一人の旅費くらいはどうにでもなりましょう。今はただ、あなたがベルリンにお帰りになる日を待つばかりです。」
 ああ、私はこの手紙を見てはじめて自分の置かれた立場をはっきり見極めたのだった。わが心の鈍さがなんとも恥ずかしい。私はこれまで、自分一人の身の上 についても、何の関係もない他人の有り様についても、優れた判断をするものとひそかに誇っていたが、その決断力とは、順境の時にのみ有効で、逆境には全く 働かないものだった。自分と人との関係をはっきりさせねばならない時、せっかくの頼みとする知恵の鏡はくもってしまうのであった。
 大臣はすでにわたしを厚く信任している。しかし、目の前のものしか見えない私はただ自分の果たしている任務のみを見ていた。私はこれに未来の望みを繋ぐ ことまでは、(神もご承知だろう)決して思いも及ばなかったのである。しかし、いまこのことに気づいて、なお私は平静でいられたろうか。以前、親友が私を 推薦したときは、大臣の私に対する信用は、まだドイツの諺にいう屋根の上の鳥のように手の届かないものだったが、今はいくらか信用も得たらしいと思えるま でになったので、このごろ、相沢が言葉の端に、本国に帰ってからもこうして一緒に働けるなら云々と言っていたのは、大臣がその様に言ったのを、友人ながら も公務に関することゆえはっきりとは口にしなかったのであったか。今になって思い返してみれば、私が軽率にも彼に向かってエリスとの関係を断とうと言った のを、彼は早くに大臣に伝えたのであっのだろうか。

 ⑨ああ、ドイツにやって来た当初、自分の本領を悟ったと思い、また二度と機械的人間にはなるまいと心に誓ったが、 これは足を結わえたまま放し飼いにした鳥がしばらく羽を動かしてみて、おのれは自由であると誇っていたようなものではないか。脚の紐はほどくことができな い。初めこの紐を握っていたのは某省の私の上官であり、今ではこの紐は、なんと天方伯爵の手中にある。
 私が大臣一行とともにベルリンに帰ってきたのは、丁度新年の元日の朝だった。一行とは駅で別れを告げて、わが家をさして馬車を走らせた。当地では今でも 除夜に眠らず、元旦に寝る習慣なので、どの家もひっそりと静まりかえっていた。寒さは厳しく、路上の雪は凍り固まって氷片となり、朝日に映じてきらきらと 輝いていた。馬車はクロステル小路に曲がって、家の戸口に止まった。この時、窓を開ける音がしたが、車からは見えなかった。馭者(ぎょしゃ)にカバンを持 たせて、階段を昇ろうとすると、エリスが階段を駆け降りてくるのに出合った。彼女が一声叫んで私のうなじに抱きついたのを見て、馭者はあきれた顔つきで、 何やら髭のうちでつぶやいていたがよくは聞き取れなかった。
「ようこそ帰っていらっしゃいました。このままお帰りにならなかったら、我が命はきっと絶えてしまったに違いありません。」
 私はこの瞬間まで依然決心がつかず、故郷への思慕と栄達への願望とは、時としては愛情を押し潰そうとしたが、この一刹那、心決めかねてのうやむやな気持ちは消えて、私は彼女を抱きとめ、彼女の頭は私の肩にもたれて、その喜びの涙ははらはらと肩の上に落ちた。
「何階まで持っていくかね。」ドラのような声で叫んだ馭者は、さっさと階段を昇って階段の上に立っていた。
 戸の外に出迎えたエリスの母に、「これで馭者をねぎらってください。」と銀貨を渡して、私は手を取って引くエリスに連れられ、急いで部屋に入った。一目見るなり、私は驚いた。テーブルの上には白い木綿、白いレースなどをうずたかく積み上げてあったから。
 エリスはにこにこしながら、これを指さして、
「何だとご覧になりますか。この支度を。」
と言いながら、一つの木綿のきれを取り上げたのを見れば、それは産着(うぶぎ)だった。
「私のよろこびを想像できますか。生まれてくる子はあなたに似て黒い瞳を持っていることでしょう。この瞳。ああ、夢にばかり見たのはあなたの黒い瞳です。 この子が生まれてきた日には、あなたの正しいお心で、けっして私生児にして太田以外の名前を名のらせたりはしないでください。」
 彼女は頭を下げた。
「幼稚だと言ってお笑いになるでしょうが、教会へ洗礼に行く日はどんなにかうれしいことでしょう。」
 見上げた目には涙が満ち溢れていた。
 二、三日の間は、大臣も長旅でお疲れであろうと思い、あえてお訪ねもせず、家にばかり籠っていたが、ある日の夕暮れ、使いがやってきて招かれた。往ってみると格別の待遇で、ロシア行きの慰労の言葉をかけられた後、
「わしと一緒に東へ帰る気はないか。君の学問は私には推察もできないが、語学だけでも世のために大いに役立つことだろう。こちらでの滞在もずいぶん長いので、なにかと面倒な係わりある人もあろうと相沢に尋ねたところ、そういう者はいないと聞いて安心した。」と仰せられた。
 その様子は、とうてい断りようもないものだった。ああ、しまった、と思ったが、さすがに相沢の言葉を嘘だともいえず、さらにもし、この手づるにすがらな かったならば、本国を失い、名誉を取り戻す手段もなくし、この身は広漠たる欧州の大都会の人の海に葬られるかという思いが瞬間頭に湧き起こった。ああ、な んという節操のない心か、「かしこまりました。」と答えていたのは。
 いかに鉄面皮の自分であれ、帰ってエリスに何と言おう。ホテルを出たときの私の心の錯乱は、たとえるものも無かった。私は道の東西も分からず、憔悴し きって歩いていく間に、すれ違う馬車の馭者に何度も怒鳴られ、その度に驚いて飛びのいた。しばらくしてふとあたりを見ると、動物公園のそばに出ていた。倒 れるようにして道路際のベンチに腰掛けて、焼けつくように熱し、木槌で叩かれるようにがんがん響く頭を背もたれにもたせかけ、まるで死んだようになって幾 時を過ごしたろうか。激しい寒さが骨にしみとおるように感じて我に返ったときは、もう夜に入って、雪が盛んに降りしきり、帽子の庇にも外套の肩にも、雪は 一寸ほども積もっていた。
 もはや十一時を過ぎただろうか。モハビットとカルル街の間を通う鉄道馬車の軌道も雪に埋もれ、ブランデンブルク門の辺りのガス灯は寂しい光を放っていた。立ち上がろうとしたが、足が凍えているので、両手でさすって、ようやく歩けるくらいにはなった。
 足の運びもはかどらないので、クロステル小路まで来たときには、夜中を過ぎていたであろう。ここまで来た道を、どう歩いてきたのか分からない。一月上旬 の夜のことで、ウンテル・デン・リンデンの酒場やカフェはまだ人の出入りで盛んに賑わっていたであろうが、少しも覚えていない。わが脳裏には、ただただ、 自分は許すことのできない罪人であるという思いだけが満ち満ちていた。
 四階の屋根裏には、エリスはまだ起きているらしく、明るい光が一つ星のように、暗い夜空にすかしてはっきり望まれたが、降りしきる鷺の舞うような白い雪 片に、被われたかと思えばまた現れて、あたかも吹雪く風に弄ばれているかのように見えた。建物に入ると疲労を感じ、身の節々の痛みが耐え難いので、這うよ うにして階段を昇った。台所を過ぎ、部屋の戸を開いて入ったとき、テーブルに向かって産着を縫っていたエリスはこちらを振り返って、「あっ。」と叫んだ。
「どうなさいました。そのお姿は。」
 驚いたのももっともであった。真っ青になって死人のような私の顔色、帽子をいつの間にか失くし、髪はぼうぼうに乱れて、何度か道につまずいて倒れたので、衣服は泥まじりの雪に汚れ、ところどころ裂けていたのだから。
 私は答えようとしたが、声が出ず、膝しきりにががくがくと震えて、立っていることができないので、椅子をつかもうとしたところまでは覚えているが、そのまま床に倒れてしまった。

 意識を回復したのは、数週間の後のことだった。熱が激しく、うわごとばかり言うのを、エリスが手 厚く看病するうちに、ある日、相沢は訪ねてきて、私が彼に隠していた事の次第を詳しく知り、大臣には病気のことだけを告げ、良いように取り繕っておいたの だった。私は病床に付き添っているエリスを初めて見て、その変わり果てた姿に驚いた。彼女はこの数週間のうちにひどく痩せ、血走った目はくぼみ、血の気の 失せて灰色になった頬はげっそりこけていた。相沢の援助で日々の衣食には困らないが、この恩人は彼女を精神的に殺してしまったのだった。
 後で聞けば、彼女は相沢に会ったとき、私が相沢に与えた約束のことを聞き、またあの夕方、大臣に申し上げた承諾の返事を知って、急に席から跳び上がり、顔色はまるで土のごとく、
「私の豊太郎様、そこまで私をだましていらしたのですか。」
と叫び、その場に倒れてしまった。相沢は母親を呼んでともに助けて寝床に横たえたが、しばらくして目を覚ましたとき、目は直視したままで、近くの人も視野 に入らず、私の名前を呼んで激しく罵り、自分の髪をかきむしり、布団をかんだりなどし、また急に正気に戻った様子で何か物を探し求めたりした。母親が取っ てやるものを全て投げ捨てたが、テーブルの上にあった産着を与えたところ、探り見て顔に押し当て、涙を流して泣いた。
 これ以後は騒ぐことはなかったが、精神の働きはほとんどまったくすたれて、その物を解せぬさまは赤ん坊のようであった。医者に見せたところ、極度の心労 による急性のパラノイアという病気なので、治癒の見込みはないという。ダルドルフにある精神病院に入れようとしたが、泣き叫んで聞き入れず、後には例の産 着一つを身から離さず、何度か出しては見、見てはすすり泣く。私の病床を離れることはなかったが、これすら意識があってのことではないと思われた。ただ、 時々、思い出したように、「薬を。薬を。」と言うばかり。
 私の病気はすっかり治った。生ける屍のエリスを抱きしめて涙をどれほど流し続けたことだろうか。大臣に随行して帰国の途につく際には、相沢と相談してエ リスの母に細々と生計を立てるに足るほどの元手を与え、痛々しい狂女の胎内に遺してきた子どもが生まれたときのことも頼んでおいたのだった。
 ⑪ああ、相沢謙吉のような良き友はこの世にまたと得難いであろう。けれども、私の脳裏には一点の彼を憎む心が今日までも残っているのであった。

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訃報

つい先程、俺の携帯のカメラが完全に壊れました

直る見込みゼロです

人間に例えると、膝から下をぐしゃっとトラックか何かで轢いたような状態です

一応、他の部分は元気です

ご冥福をお祈りします

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2007年12月 6日 (木)

立てれば横も縦

今日は“とよぽん”の名でインターネット社会を暗躍するH氏の誕生日だったそうです

おめでと!

この記事を読んだ人は全力で、彼の誕生日を祝ってあげて下さい

絶対です

よろしくお願いします

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面倒なんで(non title)で良いですか?

とりあえず、必選物理のテストが終了

疲れたー

ま、一科目終わったという事で

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2007年12月 5日 (水)

グラフって視ると・・・

わかる!?

わからん!

生物選択者の苦渋

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2007年12月 4日 (火)

Breathe

あまりの寒さに、全力坂ばりに走ってみた

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寒っ!

さぁ、勉強、勉強

いざ、微分

近似せん

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制限という名の自虐行為

EZweb制限をしました!

とりあえず、テストが終わるまで携帯でウェブはしません

だから、mixiは放置になります

このブログにくれたコメントのレスも遅くなるかもです

あしからず

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2007年12月 3日 (月)

jackass is my life

mixiに入って良かった事

・同じ小学校だった人とか、懐かしい友達に会えた事

これについては、スゴかった

中でも、年齢が1桁だった頃に、恐らく最も仲が良かった友達に会えたのは、大袈裟だけど感動でしたね

かなりテンション上がりました

そして、・・・

・jackassのゲームが発売されたのを知った事

いやぁ、

情報化社会、恐ろしい

jackassのゲームが発売されたそうです

で、同じゲームがDSとPSPから出ます

海外版です

で、jackassフリークとしては、もちろん買わないといけないんですが、ゲームに関する知識が全くない!

それ以前に、DSもPSPも持ってない!!

よって、どちらかを買う事になりました

ただ、ゲームについては知識がないので、“弓道部ゲーム三役”に相談

まずは、M・T氏

「2DならDS、3DならPSP」

次は、S・T氏

「PSPはメディアプレイヤーとの互換性もあって、便利」

最後は、S・H氏

「DSは一般向けだから、面白いソフトが出ない」

満場一致でPSPになりました

という事で、さっそくPSP版“jackass the game”を楽天で予約♪

PSP本体は後日ビックカメラに買いに行きます

親が冷蔵庫を買った時に俺のカードにポイント貯めてくれたので、20000円分くらい貯まってるんです

あんまりゲームはしない俺ですが、この正月はjackassをヤり倒す事になりそう

楽しみ!

・・・あ、あと微分

P.S.

今日、学校でアホな高校生が授業時間中にmixiのある教師のページに足跡を残し、それがバレて、捕まったようです

くれぐれもお気をつけ下さい

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2007年12月 2日 (日)

イー、アル、ファンキー、烏龍茶

金曜日の、まるでダイイングメッセージのような記事以来更新が途絶えてました、Tommy Manson!です

あの日、本当に「ヤバい」事が起こって、金曜と土曜で合計7時間しか練れてません

いや、一応練ってた

寝れてません

で、何が起こったのかというと・・・

ホルモンのラジオで俺のリクエストした曲が流れましたぁーー!

まずは聞いてみてください

4分ぐらいのところに曲紹介があります

インターネット配信では曲はカットされてしまっているんですがね

<START>(PC専用)

(木曜日に更新されてしまいます)

「ラジオネーム Tommy Manson!から

マキシマム ザ ホルモンで“恋のスウィート糞メリケン”」

言ってるー!!

あまりの感動に、恋のスウィート糞メリケンが流れているあいだ中、ヘドバンしてました

恋のスウィート糞メリケン、いい曲ですよ

こんな曲です

花粉症の人への応援歌ですね

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